裁判官は「それ、時効ですよ」と言ってはいけないのか

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時効を教えず町が勝訴 14年間分の水道料金を請求

https://www.asahi.com/articles/ASN507J0QN50UOOB001.html
朝日新聞デジタル版2020.6.1

はじめに

ある町が、住民に14年前からの滞納分と延滞金を合わせた約607万円の水道料金の支払いを求めて訴訟をおこし、裁判所は、これを認める判決を出し、それが確定しました。

もし、住民が、裁判で「時効を援用します」とひとこと言っていれば、時効にかかっていない2年分をのぞき、支払義務が認められることはありませんでした。

へえ。そうなんだ?
裁判所はなんで「時効って言ったほうがいいですよ」って言ってくれなかったのかな?

それはダメだろ。
裁判所は中立なんだから、そんな片方を手助けしちゃいけない。
仕方ないんじゃないか。

実は、消費者問題でも、「時効」が問題になることが、たくさんあります。
きょうは、すこし、時効と、裁判制度について、考えてみましょう。

刑事事件の「公訴時効」

そもそも、時効ってなんなんだ?
「時効警察」というドラマがあったけど、警察が事件を捜査しても犯人を捕まえられなくなる、とか、そういう期限のことだと思っていたが。

はい。それは、刑事事件の時効ですね。「公訴時効」といって、この期間を過ぎると、刑事裁判により処罰をすることができなくなります。

刑事訴訟法第250条第1項 時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの(死刑に当たるものを除く。)については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
1 無期の懲役又は禁錮に当たる罪については30年
2 長期20年の懲役又は禁錮に当たる罪については20年
3 前2号に掲げる罪以外の罪については10年
第2項 時効は、人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。
1 死刑に当たる罪については25年
2 無期の懲役又は禁錮に当たる罪については15年
3 長期15年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については10年
4 長期15年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については7年
5 長期10年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については5年
6 長期5年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については3年
7 拘留又は科料に当たる罪については1年

あれ?「人を死亡させた罪」で「死刑に当たる」ものはどうなるの?殺人罪って死刑があるんだよね?

時効はありません。2010年に、殺人罪や強盗殺人罪などについては公訴時効を撤廃する法改正がされました。

民事事件の「消滅時効」

さて、裁判には大きく分けて、犯罪について有罪か無罪を決定し処罰をするための刑事裁判と、民事裁判がありますが、民事事件にも「時効」があります。民事事件の時効には2種類あるのですが、きょう、お話しするのは、「消滅時効」の方です。

もうひとつは、「取得時効」です。これは、本来他人のものであっても、一定期間「自分のものだ」と言ってそれをもっていれば、その権利が自分のものになる、というものです。

さて、消滅時効は、民法に規定があります。

民法第166条第1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
2 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
第2項 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から20年間行使しないときは、時効によって消滅する。
第3項 前2項の規定は、始期付権利又は停止条件付権利の目的物を占有する第三者のために、その占有の開始の時から取得時効が進行することを妨げない。ただし、権利者は、その時効を更新するため、いつでも占有者の承認を求めることができる。

ふむ。要するに、「請求できると知ったときから5年間何もしなければ時効。知らなくても請求できたときから10年間何もしなければ時効」と考えればいいのか?

そうですね。
そのほか、いくつか、時効が「伸びる」例外があります。少し複雑になりますが、民法167〜169条を確認してくださいね。

・人の生命・身体に関する損害賠償請求権は、請求できるとと知ったときから10年(知らなかった場合は20年)。
・年金などの定期金債権も、各債権が請求できると知ったときから10年(知らなかった場合は20年)。
・確定判決などで権利が確定すると10年(判決確定時に弁済期前のものは除く)。

民法改正の前後に注意

ふうん。
ところで、この朝日新聞の記事は、水道料金の時効は「2年間」って書いてあるよ?5年じゃないの?

実は、最近、民法改正(2020年4月1日施行)がされて、時効期間も含め、時効の制度が大きく変わったのです。

新しい法律、古い法律、どっちの法律が適用されるかは、基本的には、債権発生または債権発生原因である法律行為(契約)のどちらか早いものの時期、が基準となります(施行附則10条1項、4項)。

この事案は、民法改正前に水道供給契約がされていますので、前の民法の適用があるわけです。

ちなみに、改正前の民法は、時効10年を原則としつつ、こんな感じで、短い時効期間のものをたくさん定めていました。

(時効期間5年もの)
旧第169条 年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は、5年間行使しないときは、消滅する。

(時効期間3年もの)
旧第170条 次に掲げる債権は、3年間行使しないときは、消滅する。ただし、第2号に掲げる債権の時効は、同号の工事が終了した時から起算する。
1 医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権
2 工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権
旧第171条 弁護士又は弁護士法人は事件が終了した時から、公証人はその職務を執行した時から3年を経過したときは、その職務に関して受け取った書類について、その責任を免れる。

(時効期間2年もの)
旧第172条 弁護士、弁護士法人又は公証人の職務に関する債権は、その原因となった事件が終了した時から2年間行使しないときは、消滅する。
第2項 前項の規定にかかわらず、同項の事件中の各事項が終了した時から5年を経過したときは、同項の期間内であっても、その事項に関する債権は、消滅する。
旧第173条 次に掲げる債権は、2年間行使しないときは、消滅する。
1 生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権
2 自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権
3 学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権

(時効期間1年もの)
旧第174条 次に掲げる債権は、1年間行使しないときは、消滅する。
1 月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権
2 自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権
3 送賃に係る債権
4 旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権
5 動産の損料に係る債権

5年もの、3年ものって、なんだかお酒みたいだな。

うわー、こんなの覚えてられないよ・・・前は、こんなに複雑だったんだね。

そうです。改正後は、ずいぶん、すっきりしてますね。

で、水道料金はどれに当たるんだ?

水道料金は、改正前民法では、「生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権」になります。水道局が住民に水を売っているということですね。よって、時効は2年です。

いっつもいっつも、こんな「どれに当てはまるんだ?」というクイズみたいなことをするのは大変、ということで、時効の規定は、今回の改正で、すっきりとしたわけですね。

時効の「援用」

裁判の話に戻るけど、なんで、裁判所は、水道料金の「時効」を認めてくれなかったの?

大事なことを忘れていましたね。「時効」が成立するためには、「時効」によって消滅させたい人が、「援用」(えんよう)という手続きをしなければならないのです。

民法145条 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。

これはいったいどういう意味なのか、については、争いがあります。
最高裁は、「不確定効果説」といって、「時効期間が経過することで消滅するんだけど、それは確定的ではなくて、当事者が援用してはじめて確定的な効果が生じる」と解釈しています。
これは、民法改正でもちらっと議論がされましたが、特に条文は変わりませんでした。

というわけで、住民が時効の「援用」をしなかったので、今回の事件でも、裁判所は、時効により消滅した、ということを、裁判で認めるわけにはいかなかったのです。

弁論主義と釈明

あの、時効の援用って難しいの?

いいえ。「時効を援用します」ってひとこと言うだけです。

えー!そんなかんたんなの?それなら、裁判所は「時効ですよ、援用しないんですか?」って言えばいいんじゃないかな?

いよいよきょうの主題ですね。

ことは「かんたん」ではありません。

まず、民事裁判の大原則は、「弁論主義」といって、当事者が、自分の責任で、事実と証拠を集めてくるとされています。ですから、裁判所は、当事者が言っていないことや、提出していない証拠があっても、勝手にそれをもとにして裁判をしてはいけません。

ところが、この「弁論主義」を、ごくごく形式的に適用すると、やはり不都合な場合があります。

たとえば、当事者が提出した証拠や主張がなんだかよくわからないなあ、間違ってるんじゃないかなあ、というとき。
また、両当事者のうち一方にだけ証拠となるべき資料がある(「証拠の偏在」といいます。)があって不平等なとき。これは、消費者事件にもよくありますね。

この場合、裁判所が「まあ、裁判は自己責任だから」といって、何もせずに裁判を続けたらどうなるでしょうか。

負けた方は、納得できないね。

そうです。裁判は、当事者が納得できるかどうか、がかんじんです。とくに、負けた方が「負けたけど、まあ、これなら負けてもしかたないか。」と受け入れられるか。それがなければ、裁判の結果に従ってくれないかもしれません。二度と裁判を利用してくれなくなりますし、司法も信頼されなくなります。

そんなこと言ったって、結果として負けたら納得できない人は絶対いると思うけどな・・・

もちろんです。ただし、法律家としては、理想としては、負けた人全員が納得できるだけの裁判を、絶えず、努力して、目指すべきだと思いますね。

というわけで、こういう場合、裁判所は「釈明」といって、当事者に、事実関係や主張について質問したり、証拠を出すことをうながすことができます。

民事訴訟法149条 裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。

時効について釈明「してもよい」

ふーん。「釈明」ね。

この裁判でも、裁判官が「時効は援用しないんですか?」って「釈明」できたんじゃないかな?

いやいや、釈明ができるとしても限界があるぜ。時効の主張が不完全な場合ならともかく、まーったく時効の話が出てないのに、「あの、時効はどうですか?」とは言えんだろう。

そのとおりですね。
主張が不明・不完全な場合に「どういうこと?」と聞くのは、「消極的釈明」です。何も主張がないのに「これ主張しないの?」と聞くのは「積極的釈明」と言います。

そうか。例えば、住民が「これは高すぎる。なんで、こんな10年以上の古い水道料金も払わないといけないのか。」とかいう主張が出ていれば、裁判所は、「それは、時効の主張ですか」と質問をしなければいけないよな。

そうですね、それは「消極的釈明」になりますね。


では、時効の「積極的釈明」は、どうか。
ちょっと裁判官の見解をみてみましょうか。

加藤新太郎元裁判官の論文「釈明における義務と裁量の間」(ジュリスト1254号204頁)にはこうあります。

伝統的には、「消滅時効に関する釈明」は、「しない方がよい」と考えられてきたといえる。ところが、近時の簡易裁判所の民事訴訟実務においては、積極姿勢に転換しつつある。これは、消費者信用事件における顕著な情報格差を埋めることが、裁判所の役割であるという考え方に根ざしている。要するに、簡裁実務においては、このような釈明を、当事者の実質的対等(実質的手続保障)の観点から「してもよい」と解するようになってきているのである(同209-210頁)。

今回も、「消費者信用」事件ではないけど、一種の「消費者契約」だし、住民は弁護士をつけていなかったわけだから、釈明を「してもよい」ケースだったんじゃないかな。

時効についての釈明「義務」?

ふむ。確かに、「してもよい」と言われると、そうかもな。
ただ「釈明すべきだったか」「しなければならなかったか」というレベルでは、どうかな・・・

はい、それは「釈明義務」という論点になります。
もし、裁判官が、「釈明すべきだったのにしなかった」として釈明義務に違反すると、法令違反(上告理由・上告受理申立理由)になります。

釈明することが「してもよい」だけでなく「義務」となるかどうかは、下記の要素により判断されることになります。

  1. 勝敗を分かつ決め手になるかどうか
  2. 期待可能性(裁判官が釈明しないとまず気づかないといえるか、など)
  3. 当事者間の実質的衡平(当事者の法的知識の格差など)
  4. その他の事情(訴訟完結を著しく遅滞させることにならないか、など)

時効の論点についても、一旦した時効主張を撤回したケースについてですが、裁判官の積極的釈明義務違反の上告を認めたケースがありますよ(最3小判平成7年10月24日裁民177号1頁)。

今回も、審理の経過を見てみないとわかりませんが、消極的釈明義務、あるいは積極的釈明義務があったといえる可能性は、あると思います。

むすびに

難しかったー。でも、裁判所がいつでも助けぶねを出してくれるわけではなさそうだね。自分の身は自分で守らなきゃね。

そうですね。
ただし、加藤元裁判官がおっしゃるとおり、消費者事件については、裁判所の釈明権が行使されることを期待したいところです。


著者

住田 浩史

弁護士 / 2004年弁護士登録 / 京都弁護士会所属 / 京都大学法科大学院非常勤講師(消費者法)/ 御池総合法律事務所パートナー

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