目次
はじめに
まずは、冒頭の記事を読んでみてください。
この新聞記事のタイトルは、なんだかラップみたいだね。
ちょっと韻をふんでて、かっこいい。
えーと、中身は・・・
ラップというか、まあ、ちょっとスポーツ新聞ぽいけどな。
しかし、ナイキの副社長の息子が、いまはやりの、しかもあろうことかスニーカーの「転売ヤー」だったってことか。
でも、なんだか、唐突に記事が終わってるな・・・もうちょっとどんな事件だったのか知りたいな。
では、海外の記事、BBCやブルームバーグ・ビジネスウィークの記事をみてみましょう。
外部リンク:BBC NEWS “Nike exec quits after son’s trainer resale firm revealed”
外部リンク:Bloomberg Businessweek “Sneakerheads Have Turned Jordans and Yeezys Into a Bona Fide Asset Class”
ここれには、もうすこしだけ、詳しい事情が書いてありますね。
とくに、ブルームバーグ・ビジネスウィークの方は必見です。ストーリーとして、とても面白いです。
19歳のジョー・へバードさんが行っていたのは、こういうことです。
アディダスの限定スニーカーが売り出される1時間前の午前3時にチャットソフトで15人のメンバーを起こし、特殊なコンピュータープログラムを駆使して、アディダスの抽選サイトにアクセスし、午前6時までに13万2000ドル分を買い占め、即時に自らのショップですぐに転売し、その日だけで2万ドルの利益を得た、ということです。
へバードさんは、2020年5月には60万ドル稼いだ、といっていますね。
なんだか、スケールが違うねえ・・・
1足スニーカーを買って、メルカリで売る、みたいなのを想像してたけど。
そうですよね。
ところで、この記事にもいくつか、でてきますが、アメリカでは、こういった営利目的の転売は、俗語でFlippingとかScalpingと言われているようですね。
日本の「せどり」にあたるものだと思います。
そうだな。しかし、公平を期して、抽選をしてもこういうのは防げないのか・・・。やっぱりコンピューターを使っているんだな。
具体的にどうやっているのかはさっぱりわからんけども。
しかし、ここまでいくと、ブルームバーグ・ビジネスウィークに書いてあるように、完全に、投資の世界だな。
・・・そういえば、これ、何がダメなんだ?なんとなく、こいつ、セコいやつだな、っていうのはわかるんだけど。
では、きょうは、このような「転売」について、考えてみましょう。
転売は許される
まず、大原則として「転売」というのは、基本的に、あたりまえのことだ、ということですね。
え? そうなの? わたしは、えーっと、たとえば、携帯を下取りに出すときくらいかなあ・・・
そんなにあたりまえのことかな。
あたりまえです。スーパーマ-ケットは、卸からキャベツを仕入れて、お客さんに売ります。転売ですね。
その卸は、市場で生産者からキャベツを買って、スーパーマーケットに売ります。これも転売ですね。
資本主義社会は、このように、転売で成り立っているといっても過言ではありません。
まあ、いわれてみりゃ、そのとおりだな。
ですので、転売自体がだめ、ということにはなりません。
むしろ、転売は許される、が私たちの生きる社会ではあたりまえ、原則だ、と考えたほうがよいでしょう。
転売が許されない場合①:異常事態
とはいっても、転売が許されない場合も、いくつか、あります。
これは、みなさん、わかりますか?Covid-19の感染拡大で、一躍、ニュースにもなりましたね。
あ、わかった。
マスクとか消毒液だね。
そうです。
国民生活安定緊急措置法という法律に基づいて、マスク・アルコール消毒用品の転売(購入価格を超える金額の場合のみ)が禁止され、罰則も儲けられています。
外部リンク:消費者庁「生活関連物資についての取組」
なお、この転売規制は、2020年8月29日にいったん解除されています。
では、なぜ、転売が違法となるのでしょうか。法律の目的をみてみましょう。法律の目的はどこに書いてあるんでしたっけ?
ええと、第1条をみればよかったんだよな。
国民生活安定緊急措置法第1条 この法律は、物価の高騰その他の我が国経済の異常な事態に対処するため、国民生活との関連性が高い物資及び国民経済上重要な物資の価格及び需給の調整等に関する緊急措置を定め、もつて国民生活の安定と国民経済の円滑な運営を確保することを目的とする。
ということで、①「異常事態」で需給が逼迫していることに鑑み、②「国民生活との関連性が高い物資」であるマスクや消毒液についての措置(法26条1項)として、転売禁止をしているんですね。
また、その措置については、「事態克服に必要な限度を超えてはならない」(法26条2項)とされています。ですから、2020年8月で解除となったわけですね。
なるほど、マスクや消毒液の転売禁止はごくごく例外的なことだ、ということがわかるね。
そうです。これは、転売が、原則的にOKだからですね。
転売が許されない場合②:チケット
もうひとつ、物品の転売を禁止する法律があります。
2019年6月14日に施行された「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」(チケット不正転売禁止法)があります。
へえ。
でもさあ、チケットって別に、マスクや消毒液と違って、いわゆる生活必需品じゃないよね。
それにCovid-19とかの異常事態とも、あんまり関係がなさそうだけど。
この転売禁止は、なんで認められているの?
これも、法律の第1条をみてみましょうか。
チケット不正転売禁止法第1条 この法律は、特定興行入場券の不正転売を禁止するとともに、その防止等に関する措置等を定めることにより、興行入場券の適正な流通を確保し、もって興行の振興を通じた文化及びスポーツの振興並びに国民の消費生活の安定に寄与するとともに、心豊かな国民生活の実現に資することを目的とする。
はい、ということで、①興行入場券の適正な流通、②文化及びスポーツの振興、国民の消費生活の安定、心豊かな国民生活の実現が目的ということですね。
対象となるチケットは、次の条件をすべてみたした、芸術、芸能、スポーツイベントなどのチケットだけです。
- 販売に際して、同意のない売買が禁止されており、そのことがチケットの券面(電子チケットは映像面)に記載されていること
- 日時、場所、座席(資格)が指定されたものであること。
- 座席指定の場合、購入者の氏名・連絡先を確認する措置が講じられており、そのことが券面に記載されていること。
むむ・・・これはまた、さっきのシリアスな感じの法律とは違って、えらくふわっとした感じの目的だな・・・。
しかし、国民生活の安定、とか、そんなこといったら、どんなものでも転売禁止ができそうだけどなあ。
だけどさあ、ほら、最近はあんまり見ないけど、道端でチケット売ってる「ダフ屋」みたいのもいるでしょ。
あんなのは犯罪でしょ?
やっぱり、こういう法律も、必要なんじゃないの?
そうですね。
いわゆる「ダフ屋」行為(イベントの会場周辺でチケットを転売する行為、転売目的で購入する行為)は、たしかに、各都道府県の迷惑防止条例で禁止されていますね。
ただし、「迷惑防止」ということからわかりますように、条例は、公共の場所や公共の乗り物での売買を取り締まるものですから、公共の場所でない、例えば、インターネットでの売り買いには適用ができないんです。
また、そもそも、ダフ屋行為がなぜいけないのか、についても、大きな争いがあるところだと思います。
だって、そもそも、上で書きましたように、転売は原則として自由ですからね。
ダフ屋はなぜいけないのかについて、議論しても、面白そうですね。
古物営業法との関係
もう1点、古物営業法という法律にも触れておきます。
転売は、通常、古物営業法の古物営業には該当しません。なぜなら、転売ヤーは、もっぱら「自分で新品を購入して古物として売却すること」のみをやっているので、「古物の仕入れ」がないため、古物営業にあたらないからです(古物営業法2条2項1号)。
ふうん。
でも、へバードさんは友達とチームを組んで一緒にやっててさあ、友達にも買わせて、それを自分の店で売ってるんだから、あのやり方だと、ひょっとすると、古物営業になるかもしれないね。
転売禁止条項の有効性
さて、次に行きます。
じゃあ、上のように、一般的に転売が禁止されていなくても、売り買いの当事者間で、転売禁止を約束した場合はどうなるか、ということを考えてみましょう。
厳密にいうと、転売禁止条項(転売しちゃダメ)と、転売目的購入禁止条項(転売目的で買っちゃダメ)を設けた場合、その条項に違反したらどうなるか、ということですが、まず、前者から考えてみましょう。
そりゃ、約束したんだからさあ、転売しちゃだめなんじゃないか?なんか問題はあるのか?
まずは、前提として、転売禁止が、ほんとうに当事者の合意内容になっているかどうか、という問題がありますね。
とくに、インターネットでの通信販売などでは、規約とか約款をみないままに契約することも多いでしょうから。
例えば、東京地判令和元年6月21日(ウエストロー2019WLJPCA06218004)は、サプリメントのインターネット上の通信販売における転売禁止条項違反が争点となった事例(ただし、購入者側から、当該条項の有効性を争う主張はされていないようです・・・)ですが、判決では、同条項は販売契約の一部となっていない、と認定して条項の効力を否定しており、参考になります。
なお、改正民法では、「定型約款」が新設されましたが、転売禁止条項が定型約款に組み込まれていた場合に、これが不当条項・不意打ち条項として合意から排除されるのか、という問題がありますね。
つまり、原則として、転売はOKなわけですから、転売禁止条項が、不当・不意打ち条項になる余地もあるのではないか、と思われます。これも、まだ裁判例などはないですが、大変興味深い問題です。
また、2019年10月には、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の入園チケットをめぐって、転売禁止条項がそもそも無効ではないか、として、条項の使用を差止める訴訟が、適格消費者団体である消費者支援機構関西(通称KC’s。なお、私もこの団体の会員のひとりです。)から提起されています。この訴訟も、注目ですね。
外部リンク:消費者支援機構関西「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)に対して、差止請求訴訟を提起しました。」
え? チケットってさあ、さっきの転売禁止法があるんじゃないの?
USJのチケットは、芸術、芸能、イベントではありませんから、チケット不正転売禁止法の対象とはなりません。
ですので、純粋に、規約の転売禁止条項の有効性が問題となりますね。
消費者契約法第10条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
転売は、原則自由なわけでして、チケットの譲渡(USJに入って遊べる権利の譲渡ともとらえられます。)を一方的に制限し、他の代替手段(たとえば高額転売を禁止するとか、専用転売サイトの開設等)なく完全に禁止してしまうのは、民法より不利で、かつ、消費者の利益を一方的に害する、ということになるのではないか、という立論ですね。
消費者支援機構関西のサイトには、訴状なども載っていますので、詳しく知りたい方は、ぜひ読んでみてください。
転売目的購入禁止条項の有効性
次に、転売目的での購入自体を制限するのはどうか、ということですね。
これについては、チケット不正転売禁止法以前の事例として、神戸地裁平成29年9月22日(ウエストロー2017WLJPCA09226002)という刑事事件の裁判例があります。
裁判所は、転売目的でのコンサートチケット購入行為について、刑法上の「詐欺罪」にあたるとして、購入者に、懲役2年6月(執行猶予4年)を言い渡しました。
これ、実は、判決じたいは、とっても短いんですよね。
というのも、被告人が詐欺罪の成立を認め、弁護人も、罪の成立をとくに争っているようすはないからですね。
ですので、この裁判例に、どこまで先例的な価値があるかは、正直うたがわしいです。
この判決は、①真にコンサートに参加したい一般客の機会が奪われる、②一般客が適正価格を著しく超過した暴利価格を支払うことを余儀なくされる、③最終的に音楽業界全体に大きな不利益が生じる、ということを重視して、売り手として、転売目的の有無については「重要事項」であるから、その目的を秘して購入することは「欺(あざむ)く行為」にあたる、としています。
うーん、べつにこの人が音楽業界を背負ってるわけじゃないけどねえ・・・
そうですね。それに、当時、そもそもチケットの転売じたいは原則OKだったわけですし、また販売者も損をしているかというと、チケットの対価をもらっているわけです。詐欺罪は、社会的法益に対する罪ではなく、個人的法益の侵害ですから、上記の①②③のような点を重視しすぎることについては、疑問がありますね。
これは、刑法上の「詐欺」の問題ですが、もちろん民事上も同じような問題があります。つまり、売り主から「転売目的があったのにウソをついたから詐欺により取り消す。商品を返せ。」といわれたとき、買い主はこれを拒むことができるか、という問題ですね。
なるほど、コンサートのチケットは、そのあとにちゃんと法律ができたから、まあ転売禁止してもよい、ということが明確になったけど、むしろ、それ以外の物品は転売してもいいじゃん、ということともいえるから、なおさら問題になりそうだな。
ということで、一般的な転売目的購入禁止条項の有効性も、転売禁止条項の有効性同様、じつは未解決の問題として残っているのではないかと思います。
独占禁止法上の「選択的流通」
また、少し話がかわりますが、事業者間での転売禁止が問題になる類型として、独占禁止法の流通経路制限があります。
例えば、製造業者が、卸売業者に対して、「安売り業者には売るな」とか「この業者に転売するなら売らない」という制限をかけられるかどうか、ということですね。
これについては、「選択的流通」といわれ、一定の場合には、独占禁止法上問題となる、とされています。
外部リンク:公正取引委員会「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」
転売禁止が、価格を維持したい、という目的が主眼となっているようであれば、競争を阻害するおそれがあるとして、「不公正な取引方法」にあたることになります。
むすびに
なるほど、転売はなかなかややこしいね。
Nintendo Switchなんかは、今は落ち着いたけど、一時期、全然買えなくて、高くてもいいから転売ヤーから買おうかな、と思ったこともあったよ・・・
消費者としては、「転売」と、どうお付き合いすればよいのかな?
これは、以前、「消費者は、いったいなにを「消費」しているのか」という記事でも書いたことなのですが、ボードリヤールの言葉を思い出してください。
内部リンク:消費者は、いったいなにを「消費」しているのか
たしかに、みんなが持っていない高価な限定スニーカーを買うことは、あなたの「個性」への欲望を満たすものだと思います。
しかし、その欲望は、尽きることは、ありません。むしろ、こんどは、より高いスニーカー、よりレアなスニーカーを買うしかなくなるのです。それは「自由」でしょうか?
消費を通して、自由な意思で自分らしさを探す、というのは、満たされることのない食欲を満たそうとするようなものです。アディダスも、ナイキも、このような消費者を念頭に、戦略的に、限定商品を売り出しているのです。
それは「差異化」=個性の記号体系のセールであり、消費者は、自ら、その欲望の再生産をしているだけなのです。
転売ヤーは、その無限の「差異化」のサイクルをさらに高速化させる潤滑油のような存在だな。
たしかに、いっしょうけんめい、スニーカーを買おうと抽選のクリックをしていたひとは、このへバードさんのような投資家としての転売ヤーのストーリーを読むと、ちょっとむなしくなっただろうな・・・。
ものには、適正な値段がある。そして、その「適正な値段」を、自分自身の判断基準で決めるということになります。
ただし、その判断基準は、さまざまな情報をもとに形成し、決して、自分の判断基準が絶対だと思い込まない、ということですね。
そういう努力ができれば、「転売」との付き合い方も、わかってくるのではないでしょうか。