三菱自動車燃費データ偽装事件:「使用利益」って?(2021.2.10追記)

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三菱自動車 燃費偽装訴訟 購入代金の一部返金命じる 大阪地裁

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210129/k10012840291000.html
NHKニュース 2021.1.29

大阪地裁で、三菱自動車の販売店に車両購入代金の一部返還を命じる判決

2021年1月29日、大阪地裁で争われていた三菱自動車の燃費データ偽装事件について、その燃費を信じて自動車を購入した顧客に対し、販売店は、車両購入代金の一部を返還せよ、とする判決が出ました。

三菱自動車の燃費データ偽装事件は、メーカーである三菱自動車が調査報告書を公開しています。

外部リンク:三菱自動車「燃費不正問題の概要」

ここでは、「概要」として、燃費データ偽装の実態について、このようにまとめられています。

  1. 走行測定方法についての法規違反、期日や場所についての虚偽記載
  2. 走行抵抗の恣意的な改ざん、実測を怠った机上計算
  3. 走行抵抗の恣意的な算出
  4. 再測定時及び不正発覚後の違反
  5. 現場の法令遵守意識の欠如と、経営陣のチェックの欠如により25年間にわたる違法状態が継続した

そういえば、こういう事件あったね!

へえ、1991年から25年の間も、こういうことをやってたんだ・・・これは組織的な不正行為だね。

ふむ。そりゃあ、自動車を売ってる会社が、ずっとお客さんを騙して自動車を売ったわけだから、メーカーや販売店が責任をとるのは当然だろう。

今回は、当然の判決じゃないのか?

お客さんもお金がもどってきて、めでたしめでたし、じゃないか。

ところが、そういうわけでもなさそうですよ。

実は、この判決にも、こんにちの消費者問題でわたしたちを悩ませる、けっこう重大な課題がひそんでいるのです。

きょうは、この判決について、みてみましょう。

消費者契約法上の「不実告知」とは

さて、まず、前提として、今回の判決で代金の一部返還が認められたのは、消費者契約法4条1項1号の「不実告知」による取消しによってである、というところから、確認していきましょう。

消費者契約法第4条 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる
① 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認

5 第1項第1号及び第2項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項(同項の場合にあっては、第三号に掲げるものを除く。)をいう。
① 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの
② 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの対価その他の取引条件であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの
③ 前2号に掲げるもののほか、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該消費者の生命、身体、財産その他の重要な利益についての損害又は危険を回避するために通常必要であると判断される事情

うん、この「不実告知」は、これまでの記事でも、なんどかみたことがあるね。

ようするに、だいじなことについて、事実と異なることをいって勧誘しちゃだめだよ、ということだよね。

あのさあ、「詐欺(さぎ)」ってあるよな。

「詐欺」と「不実告知」って、どう違うんだ?

同じに思えるけどなあ。

おっしゃるとおり、「不実告知」と「詐欺」は、大部分で重なるところはあります。

民法上の詐欺は、この条文ですね。

民法第96条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

短いな!

さっきの条文とはえらい違いだ。

でも、これだけでは、ちがいがよくわからないよ。

そうですね。

「詐欺」とは、人をあざむくこと、です。わざと人をだまして、事実でないことを事実だと信じさせる、ということが必要になります。

これに対して、「不実告知」は、事実でないことを告げること、です。つまり、わざとでない場合、たまたま事実でなかった、ということも含みますよ、ということですね。

法的にいうと、詐欺はだまして信じさせることについての「故意」が必要で、不実告知は「過失」も含む、ということになります。

なるほど-。

そうすると、不実告知のほうが、詐欺よりも、みとめられる範囲がひろいイメージだね。

そのとおりです。

ただし、消費者契約法は、消費者と事業者との間の契約で消費者側にしか使えないのに対し、民法はだれでも使えるという違いがありますので、注意が必要です。

不実告知による「取消し」の効果

さて、この裁判に戻りますよ。

大阪地裁の判決では、燃費に関する情報が、自動車を購入するにあたって「重要事項」と認められ、消費者契約法に基づく取り消しが認められました。

あ、そうなんだ。

よかったじゃない。「燃費はそんなに重要でもないからだめ」とかいうことになったのかと思った。

でも、ちょっとまてよ・・・。

なんだか、金額がやたら小さいよな。「原告のうち8人について、車の返却と引き換えに購入代金の一部、370万円余りを返金する」ということは、ひとりあたりだいたい462,500円か。

三菱の車は、そんなに安いのか?

これは、車両の価格から、使用利益が差し引かれています。

つまり、全く無価値なものを受け取ったわけではなく、自動車を実際に使っていたのだから、その分利益を受けている、ということで、その分は返還額から差し引きますよ、ということですね。

えー、そんなの、納得がいかないなあ。

使用したでしょ、っていったって、こんな偽装がなけりゃあそもそも買わなかったのに。

そんなこといったって、メーカーが直接売ってるわけじゃないんだ。販売店の中には、メーカーの偽装についてまったく知らなかった人もいるだろ?

メーカーの子会社じゃない販売店もいるはずだし、そもそもメーカー系ディーラーだってメーカーの燃費偽装なんて、知らされてないはずだ。

これは、しかたないことなんじゃないか?

ここは、かなり、意見の分かれるところですよね。

民法の原則では、契約が取り消された場合、「原状回復」といって、当事者は、契約でうけとったお金や物をそれぞれ相手に返さなければなりません。そして、その際、お金の利息や物の使用利益についてもいっしょに返還しなければならない、とされています。

これは、それが当事者にとって「平等」だからです。

ところが、今回のように、買い主の自由な意思・判断を形成するプロセスがゆがめられているケースでも、その「平等」が形式的に実現されるべき、といえるでしょうか。

こういうときには、むしろ「利益の一部または全部を返さなくても良い」とすることが実質的な平等ではないか、という議論があります。

これを、いわゆる「押しつけられた利得」理論といいます。

「押し付けられた利得」理論

慶應大の丸山絵美子教授の論文を少し見てみましょう。

外部リンク:丸山絵美子「消費者契約における取消権と不当利得法理(2・完)」

この中で、丸山教授は、このように述べています。

「例えば、害虫のいない家への害虫駆除サービスの提供は、消費者が『害虫はいないかもしれないが、念のために行いたい』と自ら希望してサービスを受けた場合は、合意された対価での価値を有することになる。これに対し、事業者から『害虫がいる』と不実告知や詐欺を受け、あるいは強迫・威迫による畏怖困惑状態で害虫がいない家に対する駆除サービスを受けた場合、事業者の側でも当該サービスが当該顧客にとっては価値がないものと認識できる事例であるにもかかわらず、同種のサービスを市場で手に入れようとした場合の平均的客観的価値を顧客に負担させるべきであろうか。『傾いている』と訪問販売業者に偽られて行った住居のリフォームや『このままではボロボロの肌になる』とエステティシャンに偽られて受けたエステティックサービスの事例も同様である。このような事例で、消費者に対し提供された役務や消費された物について、市場平均的な価値相当の金額を事業者が得られるとするならば、全く取引をするつもりがなかった者に、事業者の一連の行為により取引の強制が実現されるに等しい。」

これは、すでに行われたサービス相当額の対価の返還をすべきかどうか、という話です。

すこしわかりやすくすると、こういうことです。サービスの市場平均的な価格をX、実際の(詐欺的な)価格を X+α とします。もし、「原状回復」するとすれば、消費者は業者にX円の返還をせよ、業者は消費者にX円+αの返還をせよ、ということになります。

この結果、どうなりますか?

あ、なるほど。

業者の損益をかんがえてみると、けっきょく、「X程度の作業をして、Xを受け取った」ということになるな。

それって、業者は、むしろふつうどおり商売をしたのとおなじで、べつに損をしてないよな。

しかも、取り消されていない他の契約では、Xくらいの仕事しかしてないのにX+αを儲けているわけだから、ぼろもうけだよね。

「やり得」になっちゃうよね。

そういうことです。

これが、三菱自動車の使用利益のはなしにもそのまま置きかえられます。

つまり、車の価値をP、燃費偽装により水増しされた車の価値をP+αとし、使用利益をβとします。

消費者は、販売店にP-β(使用利益をひいたのが車の現在価値です)を返還し、販売店は、消費者にP+α-βを返還します。その結果、販売店はαを損するわけです。もともとP+αの売上をあげているわけですから・・・

これ、いっしょだね。結局、業者の損益をかんがえてみると、けっきょく、「P程度の価値のものを売って、Pを受け取った」ということになるね。

それって、業者は、むしろふつうどおり商売をしたのとおなじで、べつに損をしてないよ。

そうだな、まったくの「やり得」だ。

けっきょく、形式的な平等を求めて清算を認めた結果、むしろ、P程度の価値しかないものにずるいことをしてP+αの値をつけて売った業者が、「しめしめうまくいったぞ・・・」ということになるわけです。

とはいえ、使用利益βを全く返さなくてもいい、となってしまうと、販売店にとってかわいそうな気もするぞ。

だって、新車価格を返還して中古車が返ってくるとなると商売にならない。

さて、それは、どうでしょうか。

この判決では、どのような形で使用利益を認定したのかわかりません(*すみません、まだ判決読んでないのです・・・読み次第、また追記します。)が、このような「押し付けられた利得」理論が十分に議論・検討されたのかについては、気になります。

さて、消費者問題において、業者に「やり得」を認めないようにしよう、というテーマは非常に重要なテーマです。

この点については、また、あらためて、記事を書くことになろうとおもいます。

もうひとつの課題:メーカーは痛くもかゆくもない

だいたいさあ、そもそもの問題はメーカーの燃費データ偽装にあるわけでしょ?

なんで末端の販売店が責任を負う・負わないみたいな話になってるの?

そうですね。

もうひとつの課題は、本当に悪いのは明らかにメーカーであるにもかかわらず、この判決では、メーカーの責任(組織的不法行為)が否定されてしまっている点です。メーカーは販売店に売らせて利益をあげて、それを保持したままでいいよ、というわけです。

ここ何回かとりあげたデジタル・プラットフォームの問題がその究極型ですが、最近の消費者問題のキーワードは、「分業」です。

自動車メーカーは、製造部門と販売部門を「分業」して、そのリスクを分散させています。本件でも、徹底した「分業」によって、消費者問題は、その全容がみえにくくなり、そして、責任はどこかに雲散霧消し、追及が困難になっているのです。

さて、「押し付けられた利得」問題といい、「分業」問題といい、この判決は、最近の消費者問題が抱える課題を象徴する判決といえるのではないでしょうか。

追記(2021.2.10)

さて、ようやく、判決を読みましたので追記します。

メーカーである三菱自動車の責任、消費者の使用利益について、どのような議論がされているかをみました。

まず、メーカーである三菱自動車の責任については、①法人の組織的な不法行為ではない、②使用者責任については原告らの損害との間に「相当因果関係があるとまではいえない」として否定しています。ちなみに、この部分、とても大事なところだと思うのですが、2つの点あわせて1頁くらいで書かれていて、めちゃくちゃ短いです・・・。

え? 一番悪いのって、メーカーじゃないの?

メーカーは、この件で、損するどころか、むしろ、儲かってない・・・?事実と異なる宣伝をして、売れるはずのないクルマが売れて、しかも、損をしない。

これでいいのかしら。もっとやろうぜ、という話にならないかな。

次に、消費者の使用利益については、消費者側は、①民法189条の適用または同法575条の類推適用、②信義則により返還義務が否定されるべき、③レンタカー代やリース料からの使用利益算出は高額過ぎると主張していましたが、いずれも排斥され、判決は、「カーリース代の7割をもって使用利益とする」としています。

う-ん、さっき聞いたようなはなしは、十分に議論されたのかな・・・。

判決をみる限り、どちらの論点についても、あしかけ5年ものあいだ裁判をやっていたとは思えないほど、説得的な内容ではありません。

原告らは控訴をするようですので、控訴審では、もう少し議論が深まることを期待しましょう。


著者

住田 浩史

弁護士 / 2004年弁護士登録 / 京都弁護士会所属 / 京都大学法科大学院非常勤講師(消費者法)/ 御池総合法律事務所パートナー

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