選手は、オリンピック・パラリンピックの主催者に対して損害賠償責任を問えない?:サルベージ条項と消費者契約法の改正議論

Tokyo Olympics questions still to be answered by organisers on COVID-19 and its potential impact on athletes

https://www.abc.net.au/news/2021-05-05/tokyo-olympics-hypothetical-questions-athletes-should-be-asking/100116448
ABC NEWs 2021.5.5

はじめに:IOCが署名を求める「同意書」

東京オリンピック、ほんとうにやるのかな・・・

こんな状況なのにね。

そうだな、緊急事態宣言やら、まん防やらで、こっちは商売あがったりだよ。

なんでオリンピックだけ、特別扱いなのか、わからなくなる。

オリンピックの開催是非は、いろいろと意見があると思いますが、もう開会式まで2か月半ですね。

これまで、予定通り開催予定、やっぱり1年延期という動きに翻弄されながらも、その日のために練習を重ね、コンディションを調整してきたアスリートたちも、最後の最後まで、不安や迷いを抱えているのではないでしょうか。

そんな中、冒頭のニュースがありました。

うーん、英語で、よくわかんないよ。

はい。すこし翻訳してみますね・・・

IOC(国際オリンピック委員会)は、選手ら大会関係者に対して、IOC、IPC(国際パラリンピック委員会)、および東京大会の主催者の全責任を問わないとする権利放棄書(a waiver)に署名するように求めました。そして、今週配布された「オリンピックおよびパラリンピック東京2020補遺」は、次のように述べているということです。

適用される法の下で許容される最大限の範囲で(To the fullest extent admissible under applicable laws)、実施主体は、東京大会、IOC、IPC(およびそれぞれのメンバー、取締役、役員、従業員、ボランティア、請負業者、または代理人)に対して、大会関係者が大会への参加に関連して被る、またはさらされる可能性のあるあらゆる種類の損失に対する全責任を撤回不能な形で免責することに同意します。

引用元:https://www.abc.net.au/news/2021-05-05/tokyo-olympics-hypothetical-questions-athletes-should-be-asking/100116448

えー・・・例えば、大会の感染対策がずさんで、Covid-19(新型コロナウイルス感染症)に感染しても、責任を問うことができない、ということなのかな?

それは、ちょっと、ひどいね・・・

IOC他は、選手に対して、そういうことを求めている、ということですね。

ほんとうに最後まで選手や関係者は、不安に苛まれることになりそうです。

さて、今回のテーマは、このような権利放棄書の有効性や、「適用される法の下で許容される最大限の範囲で」(To the fullest extent admissible under applicable laws)というフレーズについて、消費者法の観点から、考えてみましょう。

前提:損害賠償責任を免責する条項は無効

さて、では、日本に居住しているアスリート(関係者)Xが、東京オリ・パラに参加して、大会運営サイドのずさんな感染管理で、Covid-19に感染したとしましょう。

その場合、Xは、大会主催者に対して、例えば、民法709条の不法行為に基づく損害賠償責任を追及することができます。

この場合、「準拠法」(どこの国の法律が適用されるか)は、「加害行為の結果が発生」した日本の法律になります。

法の適用に関する通則法第17条 不法行為によって生ずる債権の成立及び効力は、加害行為の結果が発生した地の法による。ただし、その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法による。

でも、さっきの放棄書を書いてしまってるんだろ?

責任追及できないんじゃないのか?

そこで、登場するのが、消費者契約法です。

この「放棄書」は、消費者Xと事業者との間の契約であると考えられます。

そして、契約のうち「不当な条項」は無効である、という消費者契約法の条文が使えるのです。

消費者契約法!

いままでも、なんどか出てきたよね。

そうですね。

、今回は、消費者契約法8条が問題になります。

消費者契約法第8条第1項 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
・・・
③ 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項

このように、事業者の責任を全部免責する条項は、全部無効です。

ということで、仮に、Xが、あらかじめ放棄書にサインしていたとしても、IOCその他主催者は免責されない、ということになるのです。

ちょっとまって、準拠法・・・だっけ?

日本の法律の適用はあるということで、いいの?

はい。もし、放棄書に準拠法のことが書いてない場合は、Xの常居地法である日本の法律の適用があります。

法の適用に関する通則法第11条第2項 消費者契約の成立及び効力について第7条の規定による選択がないときは、第8条の規定にかかわらず、当該消費者契約の成立及び効力は、消費者の常居所地法による。

また、仮に、放棄書に準拠法は日本法以外の法律とすると書いてある場合でも、消費者契約法8条1項は「強行規定」ですので、やっぱり、Xは日本の法律を適用してくれ、という主張することができるのです。

法の適用に関する通則法第11条第1項 消費者がその常居所地法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を事業者に対し表示したときは、当該消費者契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。

ということで、結果として、Xは、権利放棄書に署名していたとしても、大会主催者に対して、不法行為に基づく損害賠償責任の追及ができる、ということになります。

サルベージ条項とその問題

そうすると、権利を放棄させる条項は、不当な条項だということになるよね。

そうかな?

へりくつをいうようだけど、「適用される法の下で許容される最大限の範囲内」(To the fullest extent admissible under applicable laws)という限定がついているんだよな?

もし、この件で、日本の消費者契約法の適用があるんだったら、その下で許容される「最大限の範囲」はゼロ、ということになるな。

この条項自体は、無意味な条項ではあるけども、「免責の範囲はゼロだ」ということをいってるわけだから、結論としては、不当な条項ではない、ということになるんじゃないか?

大変、論理的で、よい指摘ですね。

この種の条項は、「サルベージ条項」と言われており、いままさに、消費者庁の「消費者契約に関する検討会」において、不当条項として規制することが検討されているのです。

外部リンク:消費者庁「第14回消費者契約に関する検討会」(2021年3月9日)

サルベージって、水に沈んだ船とかをクレーンみたいなやつで引き揚げることだよね。

なんでサルベージ条項っていうの?

これ、すみません、ざっと調べたのですが、はっきりとした由来がわかりません・・・

海中に沈んだ「不当条項」をなんとかして海上(有効な条項)に引き揚げる、というイメージなんですかね(間違ってたら、教えて下さい・・・)。

サルベージ条項とは、それだけだと不当になってしまう条項について、「法律上許容される範囲において」という文言を付加することによって、無効となることを避けようとするテクニックのことです。

消費者庁は、上記検討会で、このサルベージ条項については、「消費者契約法その他の法令の規定により無効とすべき消費者契約の条項について、無効となる範囲を限定する条項」と定義していますね。

サルベージ条項は、とくに、適用される法律によって有効性の範囲が異なってくる国際的な取引などで用いられたり、あるいはデジタル・プラットフォームの利用規約などによく登場したりします。

みなさんも、ぜひ、身の回りの「サルベージ条項」を探してみてください。

ふうん。

なんで、これが、不当なんだ?

第1に、萎縮効果があります。


以下に、利用規約にサルベージ条項があった場合に、消費者が、権利の行使を断念するかどうか、についてのアンケート結果を紹介します。

消費者庁「不当条項について」(2021年3月9日の第14回消費者契約に関する検討会 資料10頁より引用

たしかに。

半数以上が責任追及をちゅうちょする、っていうアンケート結果は、大きいよね。

自分がXさんだったら「でもなあ、文句言いません、っていう書類にサインしたしなあ・・・」と思っちゃうよね。

第2に、事業者が、消費者契約法などの法規を意識して条項を作成し、これを消費者に説明するインセンティブがなくなる、ということです。

これは、だれにとっても、よくないことです。

なるほど。

たしかに、「言うても、わしら法律の範囲でやりまっさかいに。消費者の方々は、安心してください」っていうほうが、事業者の立場からは、なんとなく、楽だな。

でも、実際には、消費者の権利行使をちゅうちょさせる効果があるということは、はっきりしている。

これは、今流行りの「ナッジ」ってやつか。

やっぱり、そうすると、サルベージ条項の使用は、そのギャップを利用しているのであって、けっきょく、誠実さや、配慮を欠いているんだよな。

すばらしいですね。

事業者が、みんな、SHOさんのような考え方を持っていただければいいのに。

例えば、こんな条項があったとしましょう。「当社は、本契約に関して消費者に生じた損害のうち、100万円を超える部分については責任を負いません。ただし、法律によって許容される範囲に限ります。」

うーん、わかんないなあ。
とにかく、100万円までしか請求はできなさそうだよね・・・。

でも、実際には、例えば、事業者に重大な過失や故意があった場合には、一部免責条項も無効になります(消費者契約法8条1項2号及び4号)ので、100万円超の請求もできるのです。

しかし、そのことは、この条項からは、見えてきませんよね。

要するに、「ただし、法律によって許容される範囲に限ります。」と書くだけで、実質的には「消費者契約法8条1項2号違反はないからセーフだよ」という効果が得られてしまうのは、おかしいのではないか、ズルいのではないか、ということですね。

次にこれをみてください。

「当社は、本契約に関して消費者に生じた損害のうち、100万円を超える部分については責任を負いません。ただし、当社に重過失や故意のある場合は除きます」

これだと、印象は違いませんか?

たしかに、さっきのサルベージ条項とは、えらい違いだね。

こういう表記をするのが、やっぱり誠実だよね。

消費者契約法の改正に向けて

消費者契約法は、消費者を守るために、不当条項や不当勧誘のリストを提示していますが、こういった不当条項や不当勧誘のリストは、時代にあわせて、絶えず更新されなければなりません。

実際に、2016年、2018年と2度の改正が行われ、さらに、上記紹介しましたように、さらなる改正がいま議論されています。

この検討会の議論にも注目しましょう。


著者

住田 浩史

弁護士 / 2004年弁護士登録 / 京都弁護士会所属 / 京都大学法科大学院客員教授(消費者法)/ 御池総合法律事務所パートナー

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください