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消費者庁が特定商取引法の交付書面の電子化を推進?
さて、突然ですが、2021年1月14日の第335回消費者委員会本会議で、消費者庁は、こういう資料を提出しています。出典は、上の内閣府のウェブサイトをご覧ください。
特定商取引法及び預託法では、契約の申込み時の申込書面又は概要書面及び契約締結時の契約書面について、事業者に「書面」による交付を義務付けている。
⇒ 消費者の保護を損なわないようにするとともに、他法令の例も参照し、特定継続的役務提供に加え、訪問販売等の特定商取引法の各取引類型(通信販売を除く。)及び預託法において、消費者の承諾を得た場合に限り、電磁的方法により交付することを可能にする。
ふうん。何にしても、電子化は、いいことだよね。
ほら、ハンコをやめようって、例の大臣のひともがんばってるし。時代の流れにそってるんじゃない?
そうだな。
やはり、紙でわざわざ書面を渡すなんて、さすがに、2021年にもなって、時代遅れだろう。
おれも、商売では、お客さんや取引先とのやりとりでは、めったに紙をつかわなくなったよ。契約書も電子書面でやってるしな。
むしろおそすぎるくらいじゃないのか?
みなさん、そう思われますか。私も、いろいろな書面の電子化には一般論としては反対ではありません。
ところが、この特定商取引法の「書面」にはとっても大事な意味があり、いまの時点で電子化をすることに手放しで賛成することはできません。
きょうは、特定商取引法の「書面」について、お話をします。
特定商取引法の「クーリング・オフ」
さて、では、その前に、クーリング・オフについておさらいしましょう。
これまで、このブログでも、いくつか、悪質な商法の「クーリング・オフ」について書いてきたものがあります。
内部リンク:水回り、鍵開けレスキュー商法に注意!:「5000円のはずが20万円請求された」「自分が呼んだらクーリング・オフできない?」
内部リンク:「電気」と「インターネット」の電話勧誘にご用心
内部リンク:路上で買ったマスクは3000円未満でも返金を求められるか(路上販売とクーリング・オフ)
内部リンク:災害便乗商法:「火災保険の手続きをサポートします」という工事業者にご注意を
そうだったな。特定商取引法の「訪問販売」では、クーリング・オフができるんだった。
そういえば、こういうケースでは、「クーリング・オフ」が解決策としていつもいの一番にあげられてるよな。
なんでだ?
なんでかな?
詐欺とか、消費者契約法とか、使える手段は、いろいろあるんじゃないのかな?
はい、それは、クーリング・オフが、もっとも強力で、もっともかんたん、という消費者にとって最強の武器だからです。
まず、「強力」、というのは、契約をなかったことにできる、という効果です。サービスや商品を提供済みであっても、「提供済み、利用済みの利益を返してください」ということもいわれません。
次に「かんたん」というのは、解除します、というだけでOKで、理由がいらないということです。商品やサービスに問題がある、ということを証明しなくてもいいわけですね。
この2点から、クーリング・オフは、最強の武器なのです。
クーリング・オフ期間は書面交付でスタートする
そこまでは、よくわかったよ。
でも、それと「書面」とのあいだに、どういう関係があるの?
それは、クーリング・オフができる期間が、購入者が、業者から法律に定める書面を受け取ってから8日間(または20日間。これは特定商取引法の定める類型によって変わってきます。)と決まっているからです。
書面を受け取っていなければ、クーリング・オフ期間はいつまでもスタートしないのですよ。
ちなみに、書面に不備がある場合も、クーリング・オフ期間はスタートしないのです。これはとても重要です。
なぜクーリング・オフが認められるべきか
それじゃあ、きちんとした書面を渡さないと、いつまでたってもクーリング・オフできてしまうわけか。
商売をやってるものとしては、それはちょっと困るなあ・・・。
でも、ルールだから。それを守っていないほうが悪いんじゃない?
そうですね。
そして、その「ルール」の意味を考えることが大事ですね。
クーリング・オフ制度が、なぜそもそもあるか、それは、というと、特定商取引法で定められている商法は、どれも、消費者にとって「不意打ち」か、「複雑でわかりにくい」か、「誘惑的か」、いずれか(またはいずれも)の特徴をもっています。
具体的には、訪問販売、訪問購入、電話勧誘販売が「不意打ち」チームに入りますね。
そして、特定継続的役務提供、連鎖販売、業務提供誘引販売が「複雑でわかりにくい」チームですね。
また、連鎖販売、業務提供誘引販売は、「誘惑的」チームでもありますね。
これらは、どれもクーリング・オフが定められています。
よって、これらの商法では、仮に、とても良心ある業者が、どれだけ懇切丁寧に説明したとしても、顧客の理解や判断が不完全なまま、「まあ、契約してもいいかな・・・」くらいの気持ちで契約をする、ということが、やむを得ないということになるのです。
ふむ、これは、前にやった「行動経済学」的なはなしだな。人が「不合理」(に見える)な判断をしばしばしてしまうことを、法律は直視しなければならない、ということか。
そうか、それでクーリング・オフできるようにしているんだな。
そうですね、どうやら、どれだけやっても「完全な意思決定」が望めなさそうなものについては、一定期間、クーリング・オフを認めましょうと。業者も、そういう商売をやるからには、その点は受け入れよ、ということです。
クーリング・オフの起算点がなぜ「書面交付」時になっているのか
なるほど、わかってきた気がする。
でも、書面交付がクーリング・オフの起算点になっているのは、なぜなのかな。
書面の意味は、業者に対しては、消費者への十分な情報提供を促す効果があります。消費者が不測の損害をこうむることがないように、懇切丁寧に、その契約内容やクーリング・オフできることについて情報提供をし、その結果として契約書面(類型によっては概要書面も)を渡しなさい、その交付がないといつまでもクーリング・オフできます、というペナルティを受けますよ、ということです。
そして、もう1点は、消費者への注意喚起、警告ですね。ああ、これ何日かたつとクーリング・オフできなくなるんだな、けっこうおおごとなんだな、ということを実感してもらう、ということです。
というわけで、書面交付は、消費者のクーリング・オフといういわば「切り札」と切っても切り離せない関係にあるのです。
むすびに:時代遅れなのは「書面」ではなく「訪問販売」や「電話勧誘販売」という不意打ち商法のスタイルそのものである
ということで、今回の1月14日の消費者庁のペーパーがなぜ「問題」なのか、わかってきましたでしょうか。
ふうむ。
要するに、交付書面を電子化することによって、「書面」の機能が強まるかどうか、ということだな?
もちろん、紙でも読まない人はいると思うが、電子化により、それが「消費者が読む方向」でプラスになるとは、とても思えないなあ。
それに、電子書面にするのは電子書面を承諾する人に限る、っていうけど、そもそもその「承諾」は業者がとるんだろ?それって、意味ないよなあ。
業者が、電子化によって、消費者への情報提供をより充実させる、ということも考えにくいね。
それに、業者が、あとで送信した時期をごまかしたり、送信してないのに送信した、とか適当なことをいうこともできちゃいそうだしね。
そうですね。特商法の当事者として、①まじめな事業者、②ルーズな事業者、③悪意のある事業者、④消費者、この4者がいるとして、この電子化で一番得をするのは、どう考えても、②ルーズな事業者と③悪意のある事業者です。
特商法の規制を考えるにあたっては、どうしても②③が一定程度いるということを念頭におかざるを得ません。そういう意味で、この電子化を許容することは、②ルーズな事業者と③悪意のある事業者を喜ばせるだけだ、というのが私の意見です。
ちなみに、いまから10年前の2011年には、消費者庁も、結構、いいことを言ってたんですよ。
消費者庁は、消費者のためにがんばってほしいですね。
外部リンク:2011年1月20日高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部情報通信技術利活用のための規制・制度改革に関する専門調査会(第5回)議事次第
ここから、当時の消費者庁の意見を抜き出して、参考までに、貼り付けておきますね。よい意見なので、ぜひ。
画像はちょっと小さいかもしれないので、直のPDFリンクも貼っておきます。
外部リンク:「電子書面の有効性」に係る書面調査結果 資料9-1
これ、左側が官邸からの照会で、右側が消費者庁と経産省の意見です。まさしく、同感です。
この10年前と、現在で、状況が変わっているとは、とても思えません。
とはいってもなあ。
最初の感想に戻るけど、いまだに紙の書面でどうのこうのは、さすがに、時代遅れなんじゃないか?
そうでしょうか。私はそうは思いません。そういうなら、いまだに、いきなり家を訪れたり電話をしてものを売りつけたり、サービスを提供する、という「訪問販売」や「電話勧誘販売」のスタイルこそが、時代遅れであるというべきです。
そこをそのまま放置しておいて、書面交付だけスマートにする、ということは、とってもちぐはくなことだと思いますよ。
追記(2021.2.3)
さて、この件、筆者が参加している「レスキュー商法被害対策京都弁護団」でも、2021年1月25日付けで、意見書を発出しています。
詳細は、弁護団のウェブサイトをみてください。意見書の全文がみられます。
外部リンク:レスキュー商法被害対策京都弁護団のウェブサイト
追記(2021.2.19)
その後の動きのご報告です。
まず、2021年2月4日、独立した第三者機関として消費者行政を監視する消費者委員会から「建議」が出ました。
外部リンク:消費者委員会「特定商取引法及び預託法における契約書面等の電磁的方法による提供についての建議」
ところが、これは、全面的な反対意見、というわけではなく、「真の意思確認ができるように、なんとかせよ」というものでした。
えー・・・ 2011年には、「真の意思確認なんかそもそも期待できない、というのが、特定商取引法の定める販売類型だよ」って消費者庁が言ってたんじゃないの?
消費者庁は、いつころからか、その考え方がかわったんだろうなあ。
それはそうと、消費者委員会が「消費者庁、何いってんだ、お前が消費者を保護しなくてどうする。しっかりしろ!」と言ってくれるのかと思ったら・・・「真の意思確認をしろ」って。
そうですね。消費者委員会は、特商法がどういう法律だったか、忘れてしまったんでしょうかね。
また、善解すれば、「そもそも、真の意思確認なんかできっこないんだから、電子化なんかできないんだ、やれるもんならやってみろ。」というメッセージともとらえることができるとも思います。
それは、「善解」しすぎじゃない・・・?
2021年2月17日、京都弁護士会からは、電子化に明確に反対する、との意見書が出ています。
そのほか、各弁護士会でも同様の声明・意見書が出ているようですね。
外部リンク:京都弁護士会「特定商取引に関する法律及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律における書面の電子化に反対する意見書(2021年2月17日)」
追記(2021.6.11)
この件ですが、多くの消費者の反対の声があがったのですが、残念ながら、2021年6月9日、交付書面の電子化を認める改正特商法が成立してしまいました。
うーん、誰のための改正なんだろうね・・・
ほんとですね。
ただし、この話は終わったわけではありません。
まず、衆議院通過の際に、交付書面の電子化については、施行期日を1年延期するとともに、施行後2年を経過した場合の検討規定を設けること等を内容とする修正が行われています。
そして、新たな法律では、電子化及び電子化について消費者の承諾を得る方法は、「政令に定めるところにより」行う、とされていますから、この1年の間に、「政令」をどう定めるか、というところに議論の場がうつされたわけです。
あ、「政令」というのは、法律を執行するために内閣が定める命令のことで、特商法の場合、「特商法施行令」ということになります。
なるほど、法律は成立したが、その中身を議論する第2ラウンドがはじまったというわけだな。
そうですね。この交付書面の電子化が、消費者被害を広げてしまうものになってしまわないよう、引き続き注目し、意見を言っていく必要がありますね。