集団的消費者被害回復制度(消費者裁判手続特例法)の改正議論がスタート

「不正入試受験料、大半の返還困難 大学が名簿破棄」 

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62326410V00C20A8CR8000/
日本経済新聞 2020.8.5

はじめに:大学不正入試問題

ずいぶん古いニュースだな。2020年の8月か。

なんで、これをいまさらとりあげるんだ?

ふうん、大学不正入試といえば、けっこう大きなニュースになったよね。

ええと、東京医大で、女性に不利な採点方法をとっていた、という話だったよね。

裁判になってるのは知らなかったなあ。

大学医学部における不正入試問題は、東京医科大学だけに限りません。

文部科学省は、2018年の調査で、東京医科大学のほか、岩手医科大学、昭和大学、日本大学、神戸大学、順天堂大学、北里大学、金沢医科大学、福岡大学で不適切な行為があったと指摘しています。

外部リンク:文部科学省「医学部医学科の入学者選抜における公正確保等に係る緊急調査の最終まとめについて」

そうそう、きょう、このテーマを取り扱う意味は、またあとでわかりますよ。

東京医科大学を例にとると、東京医科大学は、医学部医学科の入試において、出願者への事前の説明なく、出願者の属性(女性、浪人生、大検合格者、外国学校終了者などの受験資格)に対して、加点しないなどの不利益となる得点調整を行ったことが問題とされました。

事件の詳細は、東京医科大学が、第三者委員会調査報告書を公表していますので、そちらもご覧になってください。

外部リンク:東京医科大学「第三者委員会調査報告書の公表および本学対応方針について」

さて、きょうは、特定適格消費者団体消費者機構日本が東京医科大学に対して受験料などの返還を求めた裁判についてみていくことで、消費者裁判手続特例法という法律について、勉強していきましょう。

消費者裁判手続特例法とは:差止請求との違い

しかし、この事件なら、学生が大学を訴えるのはよくわかるんだけど、なんで消費者団体が訴えることができるんだ?

とくに、消費者団体が被害を受けてるわけじゃないとおもうんだが。

あ、そういえば、まえも、こういうのがあったような。

ええと・・・ほら、これこれ。昔買わされた原野を持ってる人にずっと管理費請求をしている会社に対して、消費者団体が裁判を起こした、というやつね。

内部リンク:原野商法二次被害:「1粒で2度、3度おいしい」悪質業者に注意

ふうん、そういや、そういうのがあったな。

消費者団体訴訟制度。今回も、それなのか?

さすが、KONさん、よく覚えていますね。

私も、すっかりわすれていましたよ。

そういえば、そのときに、ちらっとだけ、消費者団体訴訟制度のうち「差止請求」について説明しましたね。

今回の東京医科大学も、消費者団体が訴訟の担い手になるのは同じなのですが、実は「差止請求」とはちょっとちがうのです。

以前、ご説明した「差止請求」は、将来的に、「このような不当な勧誘はしてはならない」「このような不当な契約条項を使用してはいけない」というふうに、将来の消費者被害を防止するための制度でした。

次の図をみてください。

外部リンク:消費者庁「消費者団体訴訟制度『差止請求事例集』」

消費者庁「消費者団体訴訟制度差止請求事例集」8頁より引用 

なるほどな。

今回は、実際に、そんなこととはしらずに受験料を支払った学生をどう救済するか、ということだから、今後どう防ぐか、という話ではないというわけか。

たしかに差止請求の場面ではないよな。

でも、差止請求の場合は、「こんどから、こんなことはやめなさい」でいいけど、「お金を返してください」という請求は、団体が勝手にやるわけにはいかないんじゃないかな?

どんなしくみの裁判なんだろう。

第1段階:共通義務確認訴訟

消費者裁判手続き特例法については、まずはこの図で全体像をつかんでください。

外部リンク:消費者庁「第1回消費者裁判手続特例法等に関する検討会(2021年3月24日)」

消費者庁「消費者裁判手続特例法施行後の状況等について」7頁より引用

さて、消費者裁判手続特例法は、集団的な消費者被害回復のため、2段階の手続を予定しています。

ひとつめは、共通義務確認訴訟です。

まず、事業者が、一定の類型の人(対象消費者)に対して、損害賠償や不当利得返還などの義務を負っているかどうか、ということにしぼって、審理をするのです。

被害金額とかは計算しなくていいの?

あと、だれが被害者か、とか。それがわからないとどうしようもないんじゃ?

こういうケースは、被害者が何千人とかそれ以上になるわけです。

もし、いちいち、そういう話をやっていると裁判に時間がかかるし、だいいち、裁判をやる前に、被害者を募集するのも大変ですよね。そういうのは、後回しにするのです。

さて、東京医科大学の訴訟ではどうなったでしょうか。判決は、消費者機構日本のウェブサイトに全文公開されています。

共通義務確認訴訟の判決の「主文」をみてみましょう。

外部リンク:特定適格消費者団体消費者機構日本「これまでの是正申入れ等の状況」

東京地裁令和2年3月6日判決

ふうん、なんだかよくわからないけど、受験料とかについては、一定の支払義務が認められたような感じなんだね。

でも、受験のための旅費や宿泊費についてはダメだったのかな。

そうですね。

この点は少し難しくなりますが、訴えの「共通性」「多数性」「支配性」の3要件のうち、「支配性」(のちの簡易確定手続で、損害額や因果関係などが適切・迅速に判断できそうであるという要件)を欠くとして、そもそも共通義務確認訴訟のまな板にはのらない、として却下(門前払い)されました。

旅費とか宿泊費は、例えば、ホテルに朝食料金が含まれている場合はどうか、とか、何連泊もして複数校を受験するような人もいればそうでない人もいるなど、個別の事情が強すぎて第2段階で相当苦労しそうだから、この手続にのせるのはふさわしくない、と判断されたようですね。

第2段階:債権確定手続

はい、先走って、すこし第2段階の話もしてしまいましたが、第2段階は、いよいよ、具体的に、個々の消費者の被害救済が実現する段階です。

まずは、対象消費者の範囲に含まれる消費者に通知と公告(インターネットでも可)をします。

その上で、団体へ「授権」(手続きをすすめていいよ、と委託すること)してもらい、簡易確定手続きにて、損害を確定してもらいます。

その結果、もしも、その内容に不服があれば、通常の訴訟が提起されたのと同じになります。

ひええ、大変だね。

一人ひとりに通知をしないといけないの?

そうなんです。それに、冒頭の新聞記事もみてください。対象消費者はおよそ5200人いるのですが、大学が名簿を破棄してしまっているので、なかなか通知もままならないのです。それに通知の費用も団体の負担とされています。

この記事をみると、東京医科大学の事件で、消費者団体に授権をしたのはわずか400人となっていますが、最終的には、授権者は563名となったようです(下記参照)。

それでも、約10分の1しか捕捉できていないということになりますね。

外部リンク:消費者機構日本「現在進行中の被害回復関係裁判案件」

それにさあ、弁護士費用とかはどうなるんだ?

ひとりひとりの損害はおそらく数万円〜10数万円だろう?弁護士費用のほうが高い、とかにはならないのかな?

これは、スキームによるでしょうが、消費者の負担はゼロではないということになります。

ただし、法律では、その負担は「不当」なものであってはならないとされており、また、現に被害回復が認められる場合には、事業者は、消費者が特定適格消費者団体に支払うべき報酬と費用も支払うべし、とされています(特例法76条、65条6項6号)。

では、東京医科大学の事件では、どうなっているか、みていきましょうか。

まず、消費者団体は、通知・広告費用を負担したほか、第2段階での債権届出のために891,000円の印紙を払っています(債権1個あたり1,000円*891個の債権=891,000円)。

そして、消費者からは、まだ1円ももらっていません。これは、実際の回収・分配時にはじめてもらう方法をとっているためです。

報酬や費用の額、スキームなどは、こちらに詳細が書いてありますね。

外部リンク:現在進行中の被害回復関係裁判案件

うへえ・・・消費者団体って、共通義務確認訴訟もやって、それで、さらに、こんな大変な手続きをやっているんだねえ。

結構、経済的にも、事務的にも、負担が大きいんじゃないかなあ。

もうすこしこのへん、どうにかならないのかなあ。

そうなんです。

各地の消費者団体は、いっしようけんめい、いいことやっておられますので、ぜひ、みなさんも活動に関心をもってくださいね。また、支援していただけると、大変助かります。

さて、最新の情報としては、東京医科大学は、これらの債権の届出の額(とくに消費者団体の報酬と費用分の損害額)を争っているようです。こんなに大変な業務をやっているので、その費用は、決して高くないと思うのですが・・・

今後も、この手続に、注目していきましょう。

消費者裁判手続特例法の改正に向けて

いまみてきなかでも、けっこう、問題、というか使いにくいようなところがあったような気がするな。

この裁判、あんまりつかわれていないんだろ?もうちょっと使いやすくしたほうがいいんじゃないか?

そうだね、サスティナブルな制度ではないよね。

消費者団体の善意と好意にまかせていていいんだろうか、という気がする。

そうなんです。

実は、2021年3月24日、消費者庁で、消費者裁判手続特例法等に関する検討会というのがスタートしています。

この法律について、施行後の状況を踏まえた、見直しの議論がされているのです。

どんなはなしがされているの?

さきほどの通知費用負担の話であったり、あるいは、対象事案の拡大(いまは、慰謝料などについては共通義務確認訴訟の提起ができないことになっていますが、例えば、情報漏えい事案など、定型的な慰謝料が算定され第二段階の簡易確定手続きになじむケースもあると思われます。)などについて、議論になるのではないかと思われます。

より使いやすい制度になるよう、この検討会の議論にも注目が必要ですね。


著者

住田 浩史

弁護士 / 2004年弁護士登録 / 京都弁護士会所属 / 京都大学法科大学院客員教授(消費者法)/ 御池総合法律事務所パートナー

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