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消費者庁が、フィリップ・モリス・ジャパンに5億5274万円の課徴金納付命令
消費者庁は、2019年6月21日に、加熱式たばこiQOS(アイコス)の表示に景品表示法5条2号の「有利誤認」表示があったとして、フィリップ・モリス・ジャパン合同会社に対し再発防止を命じていましたが、2020年6月24日、この件について5億5274万円の課徴金の支払いを命じました。
外部リンク:消費者庁「フィリップ・モリス・ジャパン合同会社に対する景品表示法に基づく措置命令について」
外部リンク:消費者庁「フィリップ・モリス・ジャパン合同会社に対する景品表示法に基づく課徴金納付命令について」
へえ!しかし、5億円って、すごい金額だねえ。
課徴金って、罰金みたいなものかな?
景品表示法って、確か前にも出てきたな。
あのときは、空間除菌製品の「優良誤認」っていってたっけ。こんどは「有利誤認」か。どう違うんだ?
そうですね。前も出てきました。
その記事は、こちらです。
内部リンク:Covid-19(新型コロナウィルス感染症)と「空間除菌」をうたう商品
きょうは、景品表示法の「有利誤認」について、勉強してみましょう。
景品表示法の「有利誤認」とは
景品表示法の「優良誤認」は、5条1号でしたが、こんどの「有利誤認」は、5条2号です。両方セットで覚えるといいですね。
景品表示法第5条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。
1 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの
2 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの
うーん、なんだか、一緒に見えるなあ。1の「優良」と2の「有利」は、結局、どう違うんだ?
あ、そうか、一緒じゃないよ。「品質」をよく見せかけた場合は、優良誤認。「価格・取引条件」がお得だと見せかけた場合は、有利誤認なんだね。
なかみか、ねだんか、のちがいだね。
そのとおりです。
では、実際に、IQOSの有利誤認表示を見てみましょう。
IQOSの有利誤認表示:なんちゃってキャンペーン型二重価格表示
問題になったのは、上記のような店頭フライヤー・IQOSコーナーの表示です。どこが問題か、わかりますか?
ふうん?いったい何がダメなのかな?
よくある割引クーポンだよねえ。
うーむ。これなんか、うちの会社でもやってそうだけどなあ。もしかして、割引キャンペーンをやること自体がダメなのか?それで5億円も取られるなんて、厳しすぎるな。
よくみてくださいよ・・・? 表示は、2つありますよね。
あ、わかったぞ。
上のやつには「クーポン発券期間が2018年3月21日まで」って書いてあるのに、下でもまだおんなじ3000円引きクーポンを発券してる!これが問題なんだな?
はい。そのとおりです。
これは、キャンペーンをずっと延長してやっているわけですから、実際には値引き価格での販売が続いていたわけです。それなのに、今なら値引きするから「今がお得」と見せかけるわけですね。これは二重価格表示の一種であり、有利誤認の典型例です。
あー。そういうことなんだね。
そういえば、うちの近くにも、年中「店じまいセール」やってるお店があるよ。いつも全品30パーセント引きしてる。
いや、それもだめだな。だって30パーセント値引き前で売っていた実績がないんだから。
そうだね。店のおじさんは「でも、うちは毎日夕方6時に閉店してるから毎日店じまいでいいんだよ!わっはっはっ」って言ってたけど。
それも、立派な有利誤認ですね。フィリップ・モリス・ジャパンも、そのおじさんと同じことをやっているわけですが・・・。
とにかく、この「なんちゃってキャンペーン」型の二重価格表示とでもいうべき手法は、とても多く、例えば、最近でもこういう例があります。
外部リンク:消費者庁「マカフィー株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令について 」(PDF直リンク)
これもまた、「通常価格」「特別価格」と表示しておきながら、通常価格で売った実績がなかったというケースです。
価格表示ガイドライン
しかし、なんだか、セールとか値引きをする場合、通常価格を書くこともあるよな。商売上、キャンペーンとかがやりにくいのは困る。なんとかならないのか?
はい。消費者庁は、セールなど、販売価格と比較対象価格を記載する場合に「有利誤認」に当たるかどうかの基準として「不当な価格表示についての景品表示法の考え方」というガイドラインを示しています。
外部リンク:不当な価格表示についての景品表示法の考え方
ここでは、例えば、「同一の商品について最近相当期間にわたって販売されていた価格を比較対照価格とする場合には、不当表示に該当するおそれはない」とされています。
シンプルだね。
要するに「なんちゃってキャンペーン」でなきゃいいんだね。
ふむふむ。じゃあ、商品を5000円で売るというセールをやると決めておいて、それから10000円の値付けして適当に実績を作ればいいか・・・
悪いことを考えますね・・・でも、ダメです。
先のガイドラインは「セール実施の決定後に販売を開始した商品の二重価格表示については、商品の販売開始時点で、セールにおいていくらで販売するか既に決まっており、セール前価格は実績作りのものとみられることから、セール前価格で販売されていた期間を正確に表示したとしても、不当表示に該当するおそれがある。」としていますよ。
課徴金納付命令
そうそう、有利誤認については、よくわかったよ。
課徴金ってなんなのかな?あと、なんであんなにすごい金額なのかな?
課徴金は、景品表示法8条1項に定められています。
景品表示法8条1項 事業者が、第5条の規定に違反する行為(同条第3号に該当する表示に係るものを除く。以下「課徴金対象行為」という。)をしたときは、内閣総理大臣は、当該事業者に対し、当該課徴金対象行為に係る課徴金対象期間に取引をした当該課徴金対象行為に係る商品又は役務の政令で定める方法により算定した売上額に100分の3を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない。ただし、当該事業者が当該課徴金対象行為をした期間を通じて当該課徴金対象行為に係る表示が次の各号のいずれかに該当することを知らず、かつ、知らないことにつき相当の注意を怠つた者でないと認められるとき、又はその額が150万円未満であるときは、その納付を命ずることができない。
1 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、実際のものよりも著しく優良であること又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であることを示す表示
2 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のものよりも取引の相手方に著しく有利であること又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であることを示す表示
ふむふむ。景品表示法違反の中でも、「優良誤認」と「有利誤認」についてだけ、適用があるんだな。
そうです。2014年の景品表示法の改正によって導入されました。事業者にペナルティを課すことによって、不当表示を未然に防止するという目的です。なお、違反を自主申告した場合には課徴金の1/2を減額する制度(独占禁止法のリニエンシーに類するものです)や、被害者への自主返金がなされた場合には課徴金を免除する制度もあります。
さて、5億5274万円の計算根拠をみてみましょう。
これが、課徴金の計算ね。確かに売上の3パーセントになっているね。
しかし、すごい売上だね・・・
2020年6月時点で、景品表示法に基づく課徴金としては、最高額とのことです。
加熱式たばこの健康被害問題
さて、IQOSをはじめ、日本では多数の加熱式たばこが販売されています。
売り方の問題もありますが、安全性はどうなのでしょうか。
日本呼吸器学会は、2017年10月に続き、2019年12月に声明を出しています。
外部リンク:日本呼吸器学会「加熱式タバコや電子タバコに関する日本呼吸器学会の見解と提言」
ここには、「加熱式タバコによる健康被害のリスクが紙巻きタバコに比べて低いとする根拠はなく、長期的な健康被害を明らかにするには今後数十年にわたる調査が必要です。」とされています。
そうなんだ!なんだか、紙巻きたばこに比べて安全だと思って、使っている人もいるんじゃないかな。
そうだな。何十年も経ってからじゃ遅いよ。
その間、こんな売り方をされて、実験台にされ続けるのはごめんだな。
加熱式たばこの問題については、いつか腰を据えて取り組まないといけないと思っています。
追記(2021.2.2):フィリップ・モリスのPR記事について
さて、2020年1月28日、こんなフィリップ・モリスのPR記事(スポンサーから広告料をもらって書く記事。記事というより広告ですね。)が出ていました。
外部リンク:文春オンライン「禁煙がベストチョイスです」フィリップ モリスがホンネで語る喫煙者への提案
この広告では、フィリップ・モリスの井上副社長が、「禁煙がベストチョイス」、といいながら、読者に加熱式たばこを売り込んでいます。
そこでは、つぎのように述べられ、加熱式たばこのリスクが紙巻たばこよりも低いかのように誤解させる内容となっています。
井上 ベストチョイスは禁煙です。だけど、それでも吸い続けたい方は、「加熱式たばこ」という、より良い選択肢を採用することで、健康への害が低減される可能性があります。
(略)
煙ではなく、主に水とグリセリンとニコチンから成るたばこベイパー(蒸気)なんです。この蒸気に含まれる有害性成分量を、紙巻たばこの煙に含まれる有害性成分量と比較したところ、平均95パーセント低減されていることが検証されました。
(略)
この蒸気を吸い込んだら、どうなるか。「曝露」と呼ばれるものですが、蒸気を吸い込んだときに、体内で有害性成分にどれだけ曝露しているか、つまり体内でどれくらい吸収されるかという検証もやって、エビデンスを出しました。その結果はFDA(アメリカ食品医薬品局)にも共有しています。昨年7月、弊社の加熱式たばこ製品(IQOS)は、FDAから「曝露低減たばこ製品」としての販売が許可されました。「加熱式たばこ」としては第1号です。
へえ、じゃあ、加熱式たばこのほうが、健康被害も小さいんじゃないの?
いいことでは。
とんでもないことです。
ある一部の有害物質への曝露量が低いことと、健康被害が小さいことはイコールではありません。
ここでは、さすがに「害が低減される可能性」という慎重なことばが使われていますが、低いかもしれない、という可能性だけで、紙巻きたばこと異なる緩やかな規制にする、というのは、「予防原則」からは、明らかに誤った考え方です。
つまり、害が低減されることが証明されない限り、害が低い、として取り扱ってはならない、とすべきだということです。
もし「禁煙がベストチョイス」なら、カジュアルにたばこを売りつづける、そしてかたちをかえて生き残ろうとするのって、いったいなんなんだ、という話だな、しかし・・・。
さいごに、国立保健医療科学院の稲葉洋平上席主任研究官の論文を引用しておきますね。
「加熱式たばこ喫煙者について健康影響評価をまとめたところ、紙巻たばこから加熱式たばこへ変更すること によって有害化学物質のバイオマーカー量は90%近く低減されている成分と、50%程度の削減にとどまるバイオマーカーも確認された。
さらに、健康影響を指標とするバイオマーカーについては、削減されているという報告と統計的に有意差が認められないといった報告があった。これまでの研究成果から,加熱式たばこの使用によって有害化学物質の曝露量の低減は確認されているものの、健康影響の改善までは確定していない。
現在、加熱式たばこに関する研究報告は、たばこ産業からの報告が多くされている。公衆衛生機関や中立的な立場の研究者から加熱式たばこの長期的な利用による健康影響に関する研究報告が積み上げていくことが急務である。」
外部リンク:加熱式たばこ製品の有害性について稲葉洋平、牛山明、保健医療科学2020 Vol.69 No.2 p.144-152