Covid-19(新型コロナウィルス感染症)と「空間除菌」その後:「空間除菌」商品はなぜなくならないのか?〜「クレベリン」措置命令

hand-washing

大幸薬品 「クレベリン」の広告表示 景品表示法違反を認める

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220505/k10013612221000.html
NHK 2022.5.5

「空間除菌」をうたう生活用品の問題:まだやってるの?

ふむ、この記事を読むと、「クレベリン」のメーカーが、製品について、景品表示法違反を認めた、ってことなんだな。

あ、これ、知ってる。

このブログでも、「空間除菌」と、そのあやしげなところについては、なんどかとりあげてきたよね。

内部リンク:きょうの消費者ニュース「Covid-19(新型コロナウィルス感染症)と「空間除菌」をうたう商品

内部リンク:きょうの消費者ニュース「Covid-19(新型コロナウィルス感染症)と次亜塩素酸水の噴霧・その1」/「その2」

なんでこんな商品がまだ売れ続けているのかな。

そうそう、まさかわたしも2年たっても、また、ここで、同じことをお話するということになろうとは、思ってもいませんでしたよ・・・。


詳しくは、これらの過去記事をお読んでいただくとして、

①「空間除菌」は、有効性の点は、確認されていない

②「空間除菌」は、安全性の点も、確認されていない

③有効性も安全性も確認されている感染予防対策があるなかで、あえて「空間除菌」を行うことは無意味なだけでなく有害

という、この3点を抑えていただければと思います。

手指やモノの消毒ではなく、空間を除菌する、という発想そのものがダメ、ということはかなり明らかだと思います。

きょうは、消費者庁が「クレベリン」の何を問題としたのかをかんたんに整理した上で、いまだにこの手の商品が売れ続けているという状況はなぜなのか?、という点と、この措置命令によりなにか状況はかわるのか、という点をお話してみたいとおもいます。

消費者庁と大幸薬品とのバトル

さて、一連の経緯をみていきましょう。

消費者庁は、2022年1月20日、携帯型のクレベリン(スティックペンタイプ、フックタイプ、スプレー)について、措置命令を行いました。

ここで問題となったのは、次のような広告文言です。

・「空間に浮遊するウイルス・菌を除去 」

・「身の回りの空間のウ イルス・菌を除去するスティックタイプです。」

へえ。

でもさあ、携帯型って、たしか、まったく意味ないんじゃなかった?

たしか、緊急事態宣言の真っ最中の2020年5月に、消費者庁は、「携帯型」の空間除菌用品について、販売業者を行政指導してた、ということだったよね。

外部リンク:携帯型の空間除菌用品の販売事業者5社に対する行政指導について

そうです。詳しく知りたい方は、こちらをみてくださいね。

内部リンク:きょうの消費者ニュース「Covid-19(新型コロナウィルス感染症)と「空間除菌」をうたう商品

なお、このタイミングで、消費者庁は、「置き型」タイプについても、同じように措置命令を出そうとしていたのですが、じつは、大幸薬品は、あらかじめ、この措置命令が出されたら困る、ということで、東京地裁に「仮の差止め」を申し立てていました。

「仮の差止め」ってなに?

仮の差止めとは、行政事件訴訟法に規定があります。

行政処分によって不利益を受ける業者が、行政処分が出る前にとることができる緊急の救済手段ですね。

行政事件訴訟法第37条の5第2項 差止めの訴えの提起があつた場合において、その差止めの訴えに係る処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、本案について理由があるとみえるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、仮に行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずること(以下この条において「仮の差止め」という。)ができる。

そして、東京地裁は、2022年1月12日、「置き型」タイプについては、いったん大幸薬品の主張を認めて、仮の差止めを命じました。

なるほど。

大幸薬品も「勝訴」としているのは、そのことか・・・。

外部リンク:「クレベリン置き型」に関する仮の差止めの申立てにおける勝訴 と本日の措置命令について(PDF直リンク)

だから、消費者庁も、まずは、措置命令の対象を、携帯型だけにしぼったんだな。

そのとおりです。

ところが、即時抗告(仮の差止めを求める決定に対する消費者庁の不服申立て)審の東京高裁は、2022年4月13日、やはり、「置き型」に

ついても、広告に合理的根拠がないと認め、仮の差止めを認めた東京地裁の決定を取り消しました。

そこで、ようやく、消費者庁は、2022年4月15日、大幸薬品株式会社に対して、「置き型」についての措置命令を行ったのです。

外部リンク:消費者庁「大幸薬品株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令について」

景品表示法の「優良誤認」表示

問題となったのは、「クレベリン 置き型」についての、次のような広告です。

・「空間に浮遊するウイルス・菌・ニオイを除去」

・「用途 空間 のウイルス除去・除菌・消臭にご使用いただけます。」

なるほどね。携帯型の表示とほとんどおんなじだね。

室内に置けば、「リビング等において、室内空間に浮遊するウイルス又は菌が除去又は除菌される効果」が得られるかのような表示をしている、ということが、景品表示法の「優良誤認」表示にあたる、と。

うう、景品表示法・・・まえも勉強したな。

いっつもこの「景品」が気になるんだけど、商品の表示についても規制している法律だったよな。

そうですね。「優良誤認」については、この条文ですね。

景品表示法第5条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない。
1 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの

「打消し表示」について

なお、この措置命令で注目されるのは、この部分です(措置命令2ページの下の方)。

表示について、例えば、本件商品1について、平成30年9月13日以降、商品パッケージにおいて、「◎ご利用環境により成分の広がりは異なります。」、「◎ウイルス・菌・カビ・ニオイのすべてを除去できるものではありません。」及び「※当社試験閉鎖空間で二酸化塩素により特定の『浮遊ウイルス・浮遊菌』の除去を確認。」と表示するなど・・・(中略)・・・表示している又は表示していたが、当該表示は、一般消費者が前記アの表示から受ける本件2商品の効果に関する認識を打ち消すものではない

これは「打消し表示」といいます。

ああ、そういえば、健康食品のCMやチラシとかで、「効果を保証するものではありません。あくまで個人の感想です」とかよくちっさい文字で書いてあるのがあるよね。

優良誤認表示においては、この「打消し表示」により誤認を払拭(ふっしょく)しているかどうか、が争いになるケースがよくあります。

ふむ。

では、この表示を読んでも、消費者は「でも除菌効果はあるんだな」と思っちゃうよ、ということで、不十分だ、ということなんだな。

たしかに、打ち消すどころか、それなりに効果がある、といってるようにしかみえない。

これについては、国民生活センターが、2017年に実態調査報告書を作成しています。

外部リンク:国民生活センター「打消し表示に関する実態調査報告書」(PDF直リンク)

また、国民生活センター(当時)の古川昌平弁護士がわかりやすい解説がウェブ上で読めるので、そちらを参考にしてください。

外部リンク:古川昌平弁護士「表示規制(4)打消し表示」(PDF直リンク)

大幸薬品の対応

さて、これを受けて、大幸薬品は、どう対応したでしょうか。

大幸薬品は、2022年5月3日、プレスリリースを出しています(新聞にも同様の広告を出しています。)

外部リンク:大幸薬品ウェブサイト「弊社商品の表示に関するお知らせ」

うーん、まずプレスのタイトルがわかりにくいよね。

例えば、2022年1月20日に消費者庁にいったん勝訴したときは、プレスリリースに「勝訴」という見出しをつけているのに、こういうときは「表示に関するお知らせ」なんだね・・・その後「勝訴」が取り消されたのに追加のプレスがないというのもちょっと・・・

この会社の、消費者に対する姿勢がどのようなものかがだいたいわかる気がするねえ。

さて、内容としては、携帯型・置き型ともに、措置命令を受け入れる内容となっています(以下、引用)。 

あたかも、本件6商品を使用すれば、本件6商品から発生する二酸化塩素の作用により、室内空間に浮遊するウイルス又は菌が除去又は除菌される効果等が得られるかのように示す表示をしておりました。
かかる表示について、景品表示法第7条第2項の規定に基づく消費者庁からの求めに従い、資料を提出いたしましたが、当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示すものであるとは認められず、本件6商品の取引に関し行った表示は、本件6商品の内容について、一般消費者に対し実際のものよりも著しく優良であると示すものであり、景品表示法に違反するものでした。

ふうん

それで、かんじんの広告は、どうなったの?

はい、変遷をみていきましょう。

広告は、前記事でも書きましたが、ウェブサイト(外部リンク:大幸薬品「クレベリン 置き型」)上は、かつては、①のような表記でした。

①「6畳相当(25㎥)の閉鎖空間でクレベリン置き型製品により、浮遊・付着ウイルスの一種、浮遊・付着菌の一種を180分間で99.9%除去できる事を確認。」

そして、その後(2021年2月17日確認)、②のようになりました。

「閉鎖空間」の平米数が消えていますね。これは、いったい何があったのか、正直、よくわかりません。

②「閉鎖空間で二酸化塩素又はクレベリン置き型により特定の『浮遊ウイルス・浮遊菌』の除去を確認。閉鎖空間でクレベリンスプレー噴霧により、空気中の二酸化塩素が特定の『浮遊ウイルス・浮遊菌』を除去できる濃度になることを確認。」

その後、いまのバージョンでは、措置命令を受けて、③のようになっています(2022年5月8日確認)。

③「二酸化塩素分子のチカラ」

え?

なんのことか、さっぱりだな・・・

そうですね。いままでの「表記」とちがって、随分ゆるふわ系になりましたね。ファンシーグッズというか。

でも、この広告も、きちんと意味があるのですよ。それはまた後ほど。

「返金しない」対応には大いに疑問

あのさあ。

もし、いままでの広告を見て「除菌効果」を信じて購入したひとが、「こんな商品だとは思わなかった、返品するのでお金を返してほしい」と言ったら、この会社はお金を返してくれるのかしら?

いいえ。

どうやら、別の新聞記事によれば、大幸薬品は、商品に問題はないから「返品」は受け付けない、ということのようです。

外部リンク:読売新聞「クレベリンの浮遊ウイルス除去効果は「根拠ない」…大幸薬品「深くおわび」「返品は受け付けず」」

しかしながら、このように、無条件に「返金しない」という対応でよいかは、法的には大いに疑問があります。

これは、あくまで行き過ぎた「広告」であって、販売者が、行き過ぎた「勧誘」で引き込んだわけではない。「広告」を含めた全ての情報を検討して「買い主注意せよ」、というのがおそらく伝統的な考え方です。

が、このような「広告/勧誘」二分論は、あまりに時代おくれです。最高裁も、いわゆるクロレラチラシ事件の判決で、このような立場をとらないことを明言しています。

外部リンク:最高裁ウェブサイト「最判平成29年1月24日」

誇大広告の表示を信頼して意思形成をし、この商品を購入した消費者は、消費者契約法4条1項(不実告知)等に基づき、購入契約を取り消し、返金を求めることができる、という余地があります。

本件についても、少なくとも、コンプライアンスを重視する企業であれば、任意で、返品・返金対応を検討すべきではないでしょうか。

なぜ売れる/売るのか?:行動経済学のおはなし

まあ、返金すべきかどうかはおいておいて。おれも商売やってるからいきなり返金と言われると困るし・・・

とにかく、なんで、こんな商品が売れ続けるんだろう?効果がない、ってわかっているのに。

そんで、効果がない、とわかっていて、この会社は、まだ、これを売るのか?もちろん、売れると見込めるから売るんだろうけど・・・

そうですね。おそらくですが、この広告を変えたあとも、(会社と消費者の姿勢が変わらない限り)クレベリンは売れ続けるでしょうし、会社も売り続けるでしょう。

もうすこし深い話になりますが、やっぱり、これもまた「行動経済学」が関係してくることになります。

さいきん、なんだか、そればっかりだね・・・。たしか携帯プランの不合理な選択も「行動経済学」で説明できるんだったよね?

内部リンク:きょうの消費者ニュース「そんなに使っていなくても携帯電話の「使い放題」プランを契約する消費者の心理とは?」

そうです、そうです。

つまり、この種の商品が、いつまでも市場原理によって淘汰されないということは、「合理的な消費者」モデルでは説明がつかない、ということなんですよ。

この種の商品を買うときに、わたしたちは、どのような判断をしているのでしょうか。

それは、「ヒューリスティック」な判断です。

ヒューリスティック、ってのは、あれだな、直感とか、そういうことだな。

なんとなくよさそう、というか。

そうですね、システマティックと対置されるものです。人間は、知らない難しい話よりも、知っている話にあてはめて、なんとなくこうかな、という直感にしたがって行動することがよくありますよ、ということです。

この商品でいうなら、「気休め」とか「お守り」ですね。

そうだよね・・・。

なんとなく、プールの消毒なんかを思い浮かべて、塩素って効きそうだよね、って思っちゃう。

ないより、あるほうがましかな、なーんてね。これが「気休め」ということね。

そうか。

そう考えると、新しいキャッチフレーズの「チカラ」というのも、まさに、「なんとなくすごそう」みたいに思っちゃうもんな。

システマティックにうったえかけるのはやめて、ヒューリスティックに全振りしてきたような、そんな考え抜かれた広告だな。

うーん。なんというか、この泥沼は、底なしだね・・・

とくに、現在、Covid-19に対してナイーブになっている消費者心理につけこむ、というのは、ほんとうに効果的だと思います。

正確な情報を得られない/理解できない人だけが買う商品

さらに、もっとありていにいうと、この販売業者は、自らの商品の顧客層を、的確に理解しています。けっきょく、この商品を買う消費者、というのは、どのような層か、ということを把握しているということです。

つまり、この商品に関する正確な情報を得られない、または、情報を得ても理解ができない消費者なのです。

ですので、このプレスリリースにも、真に、顧客層に対して、できるだけ、今回の問題を正確に説明しよう、理解してもらおう、とする姿勢がみじんもみられません。彼らにとっては、そのようなことをする意味がないからです。

これは、実は、金融商品の「仕組債」を買う顧客層と証券会社の関係と同じですね。

つまり、わかっていない人だけが買う商品です。

内部リンク:きょうの消費者ニュース「「わかっていない」人だけが買う商品、それが「仕組債」」

状況を変えるには

この状況は、当然ですが、変えなくてはなりません。

そして、それは「市場で淘汰されるのを待つ」のではだめです。さきほどいったように、この場面では、市場は、有効に機能しないからです。

本件のような景品表示法違反については課徴金納付命令などのサンクションを課すこと、そして、「こんな広告はおかしいよ」ということをひとりでも多くの消費者が声をあげる、ということからスタートしなければなりません。

もちろん、より長期的には、自らの頭で考え、情報を得て分析する消費者がひとりでも増えることが望ましいことです。


著者

住田 浩史

弁護士 / 2004年弁護士登録 / 京都弁護士会所属 / 京都大学法科大学院非常勤講師(消費者法)/ 御池総合法律事務所パートナー

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