目次
はじめに
報道によれば、2020年11月、Amazonマーケットプレイスで購入したモバイルバッテリーから出火した件で、米アマゾン・ドット・コムやアマゾンジャパンに損害賠償を求める訴訟が提起されたとのことです。
あれ?なんだか、似たような話が、少し前に、あったような・・・。
ああ。
でも、あれは、ウーバーイーツじゃなかったか?
そうですね。ウーバーイーツの配達員の自転車事故について、ウーバーイーツは責任を負うか、というお話でした。
これもふくめて、これまでDPに関して書いてきた記事を、ざっと、まとめておきましょうか。
まず、はじめに、巨大デジタル・プラットフォームが「ロックイン効果」をいいことに、事業者=売り手に不当な不利益を与えないようにしましょう、という新しい法律を勉強しましたね。
「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(特定DP透明化法)についての記事は、こちらをどうぞ。
これは、2021年2月1日に施行されたばかりですね。
内部リンク:特定デジタル・プラットフォーム透明化法とは
また、さらに進んで、大手シェアリング・エコノミーの「キッズライン」事件を通じて、「デジタル・プラットフォームと買い手=消費者の保護」について考えてみました。
キッズライン事件については、こちらを。
内部リンク:キッズライン事件をどう考えるか〜デジタル・プラットフォームと消費者保護〜
そして、デジタル・プラットフォームと使用者責任について考えたのが、これですね。
また、いままさにホットな、DP消費者保護法規制ができますよ、という話も、少しだけ書いています。
アマゾンの「マーケットプレイス」とは
さて、では、本題に戻ります。
アマゾンの「マーケットプレイス」って、なんだかわかりますか?
そのくらいは、わかってるよ。えーたぶん。
アマゾンだけど、実はアマゾンじゃないところでしょ?
そうだな。
まあ、アマゾンの軒下を借りて、お店を出すようなものかな?
そうですね。
アマゾンによれば、「出品者と購入者が安心して売買できる場、それがAmazonマーケットプレイスです。出品商品は、Amazon.co.jp が取り扱う同タイトルの商品と並べて出品されます。」とされています。
外部リンク:アマゾン出品サービス よくあるご質問(FAQ)
料金体系は、小口プランと大口プランがあって、小口は販売ごとに100円プラス商品代金の8〜15%の手数料を、大口は月額4900円の固定手数料プラス商品代金の8〜15%の手数料を払うことになっているようです。
外部リンク:アマゾン出品サービス 料金プラン
では、マーケットプレイスでモノを売るみなさんは、なんで、自前のECサイトをつくってモノを売らないんでしょうか。
わざわざ手数料をはらって、マーケットプレイスで売る必要ってありますか?
そりゃあ、アマゾンでものを買おうかな、というお客さんをターゲットにできるのは大きいだろう。
自分でがんばって、ちまちましたサイトをつくるのも大変だし、がんばってつくっても、なかなか、お客さんがきてくれないよな?
そうですね。
アマゾンも、それを売りにしています。
「アマゾン出品サービス」(出品者がマーケットプレイスでモノを売るときに利用する必要があるサービスです。)のトップには、「Amazon.co.jpの月間ユニークビジター数は、デスクトップで約1,326万人、 モバイルは約 4,306万人と推計されています。ECサービスの中で最大の集客力を持っているAmazonで³、より多くのお客様へあなたの商品をお届しませんか。」と大きく書かれています。
外部リンク:アマゾン出品サービス
そうそう、マーケットプレイスの商品は、アマゾンが売ってるモノと同じように並んでるんだよな。
そこがポイントだな。
あ これ、デジタル・プラットフォームだね。
そうですね。もう一度、復習のため、特定DP透明化法のDPの定義をみてみましょうか。
①多数の者が利用することを予定して電子計算機を用いた情報処理により構築した場であって、
②当該場において商品、役務又は権利を提供しようとする者の当該商品等に係る情報を表示することを常態とするもの(下記のAまたはBのいずれかの関係を利用するものに限る)を、
A 当該役務を利用して商品等を提供しようとする者(提供者)の増加に伴い、当該商品等の提供を受けようとする者(被提供者)の便益が著しく増進され、これにより被提供者が増加し、その増加に伴い提供者の便益が著しく増進され、これにより提供者が更に増加する関係
B 当該役務を利用する者(提供者を除く)の増加に伴い、他の当該役務を利用する者の便益が著しく増進され、これにより当該役務を利用する者が更に増加するとともに、その増加に伴い提供者の便益も著しく増進され、これにより提供者も増加する関係
③多数の者にインターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて提供する役務
このように、単に「インターネットで商品を売る」ことではなく、「場」に参加する「提供者が増加する関係」がDPの特徴でした。
では、マーケットプレイスは、どうでしょうか?
ええと、①は、当てはまるかな。
②も、アマゾンを利用する人やマーケットプレイスに出品する人が増えれば、お客さんも出品者もどんどん増えていくから、これも当てはまりそうだね。
なるほど。
そうすると、マーケットプレイスは、典型的なデジタル・プラットフォームだ、ということだな。
アマゾンの責任:システム構築者責任
さて、では、デジタルプラットフォーム運営者であるアマゾンは、出品者が危険な商品を出品し、消費者が損害を受けた場合に、何らかの責任を負うのでしょうか、このことについて、考えてみましょう。
あ、これ、ウーバーイーツのときにも、すこし勉強したよね。
内部リンク:ウーバーイーツは配達員の自転車事故の責任を負うか〜デジタル・プラットフォームと使用者責任〜
そうですね。
詳しくは、またそちらを読んでくださいね。
ここでは、もういちど、2つの重要裁判例を挙げておきます。
知財高判平成24年2月14日判例タイムズ1404号217頁(チュッパチャップス事件):「ウェブページ運営者が、単に出店者によるウェブページの開設のための環境等を整備するにとどまらず、運営システムの提供・出店者からの出店申込みの許否・出店者へのサービスの一時停止や出店停止等の管理・支配を行い、出店者からの基本出店料やシステム利用料の受領等の利益を受けている者であって、その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったときは、その後の合理的期間内に侵害内容のウェブページからの削除がなされない限り、上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し、商標権侵害を理由に、出店者に対するのと同様の差止請求と損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。」
名古屋地判平成20年3月28日判例タイムズ1293号172頁(ヤフーオークション事件):「被告が負う欠陥のないシステムを構築して本件サービスを提供すべき義務の具体的内容は、そのサービス提供当時におけるインターネットオークションを巡る社会情勢、関連法規、システムの技術水準、システムの構築及び維持管理に要する費用、システム導入による効果、システム利用者の利便性等を総合考慮して判断されるべきである。」
「本件サービスを用いた詐欺等犯罪的行為が発生していた状況の下では、利用者が詐欺等の被害に遭わないように、犯罪的行為の内容・手口や件数等を踏まえ、利用者に対して、時宜に即して、相応の注意喚起の措置をとるべき義務があった」
ふむ。
なるほど、アマゾンが、出品者のチェックや、商品の安全性の確認義務、被害の補償や保険などのシステムを適切に構築していなかった、として、その責任を追及するわけだな。
そもそも、アマゾンがいなければ、出品者と消費者は出会うことがなかったわけだし、こういうシステム構築者としての責任がある、という話は、たしかにそのとおりという気がする。
そうですね。
プラットフォームの民事責任については、2020年の消費者法学会でもテーマとなりました。
龍谷大学の中田邦博教授が「消費者視点からみたデジタルプラットフォーム事業者の法的責任」(『現代消費者法』48号、2020年、24頁)、として、整理して論じておられます。
また、より詳細な整理として、齋藤雅弘弁護士の齋藤雅弘「通信販売仲介者(プラットフォーム運営業者)の法的規律に係る日本法の現状と課題」(『消費者法研究』第4号、2017年、105頁)が、網羅的に論じています。
興味のある方は、これらの論文を読んでみてください。
慶應義塾大学法科大学院の金山直樹教授は、「システム構築者責任」を提唱されています(『現代における契約と給付』有斐閣、2013年、160頁)。
金山教授は、このようにいいます。
「・・・システム構築者に光を当てて、インターネット販売という場を提供した以上、その場において契約相手方が損害を被ることがないようにシステムを設計・設置・管理する責任がある、と主張するものである。(中略)このようにシステム構築者の責任を捉えることは、ローマ法とは異なり、遅くともドマ以来、土地の工作物という有体物の設置または保存上の瑕疵によって他人に損害が生じたときは、工作物の所有者が被害者に対して賠償しなければならないとされてきた思想の現代版である。」(金山直樹『現代における契約と給付』181頁
報道によれば、今回は、「出品者である中国メーカーやアマゾンジャパンに事故の周知や対象製品のリコールといった対応も求めた。しかし具体的な対応はしてもらえなかった」「中国メーカーにはAmazonマーケットプレイスのWebフォームでしか連絡できず。」とか、その後の対応にも問題があったみたいだね。
使用者責任:アマゾンと出品者との間には「規範的指揮監督関係」があるのではないか?
もうひとつ、ヒントになりそうなのは、ウーバーイーツのときにもちらっとお話をしましたが、不法行為法や使用者責任について研究されている愛知学院大学法科大学院の田上富信教授の『使用関係における責任規範の構造』(有斐閣、2006年)です。
「使用者責任」・・・ってなんだっけ?
はい。
それは、こういう条文ですね。
使用者は、被用者がやった不法行為について、責任を負いますよ、というものです。
民法715条
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
うーん、ウーバーの場合は、なんとなく「使用者」っぽい感じがするから、これが問題になるのはわかるけどさあ、アマゾンは、出品者の「使用者」とはいえないんじゃないの?
そうだな、さすがに「雇い主」ってわけではなさそうだし。
この本はどんなことが書いてあるんだ?
そうですね、少し引用しますと、こんな事が書いてあります。
「今日の企業は、事業者を組織の内部はもちろんのこと、外部においても多数活用して活動領域を拡大しているのが実状である。企業と契約関係にあるこれら事業者が企業の業務を遂行する過程で不法行為をなした場合、被害者から責任を追及された企業が事業者との間に指揮監督関係がないことを主張し、それが常に認められるというのは不当である。」(田上富信『使用関係における責任規範の構造』94頁)
「民法715条が企業責任の一翼を担う以上、企業の本来業務あるいはそれに付随関連する業務の全部又は一部を遂行する過程でなされた不法行為については、不法行為者がたとえ企業外の事業者であっても、その企業は使用者としての責任を負ってしかるべきである。その際、原則として事実上の指揮監督関係の存否は問題とすべきではない。なぜならば、企業は、自己の固有業務ないし関連業務については特別の知識及び経験を有しているのだから、損害の発生を防止すべき地位にあるということができ、損害が発生した場合はそれを企業リスクとして負担するのが公平であるからである。」(前掲書、同頁)
ふむ。
これは、なんだか、アマゾンのようなプラットフォームのことを言っているように聞こえるな。
つまり、直接雇わずに、外部の「独立」の業者を使ってお金を儲けるというやり方だな。
その上で、田上教授は、使用者責任を認めるためには「客観的にみて何らかの指揮監督をなすべき地位」という規範的指揮監督関係があれば足りるとし、このような関係は、例えば「業務委託契約」の委託者と受託者との間にも成り立つとしています。
このような「規範的指揮監督関係」論は、今日では、多くの法学者(代表的なものとして、平井宜雄『債権各論Ⅱ不法行為』弘文堂、1992年、232頁)から、かなり有力に提唱されています。
なお、同じような意味で、「実質的指揮監督関係」ということばを使う学者もいます。
例えば、京都大学の潮見佳男教授は、「使用関係は、使用者が被用者を実際に指揮監督していたかどうかという点に即して判断されるのではなく、指揮監督をすべき地位が使用者に認められるかどうかという点に即して判断される。」として、これを「実質的指揮監督関係」と呼んでいます(潮見佳男『法律学の森 不法行為法Ⅱ〔第2版〕』信山社、2017年、23頁)。
さて、プラットフォーム業者であるアマゾンと出品者との関係は、どうでしょうか。
うーん。
ただ、やっぱり、出品者の商売が、アマゾンの「本来業務」とか「付随業務」とはいえないんじゃないか?ウーバーの場合は、「本来業務」っていう感じがするが。
アマゾンは、あくまで「場」の提供者で、そこから手数料をとってるだけだから。
ところが、アマゾンは、自分でも、同じサイトでモノを売っており、マーケットプレイスの出品者に対しても「出品商品は、Amazon.co.jp が取り扱う同タイトルの商品と並べて出品されます。」ということを売りにして、出品者を募集し、モノを売らせているわけです。そこで、アマゾン自身もお客さんを集客できて、自分の商品もどんどん売れる、という「ネットワーク効果」を享受しているわけですよね。
なるほど、アマゾンは、給料払って営業マンを雇う必要がないんだな。それどころか、出品者が毎月毎月お金をはらってくれて、かってにアマゾンを宣伝してくれるんだ。最強だな。
また、消費者からみた場合、どうみえるでしょうか。まず、マーケットプレイスで出品されている「モノ」と、アマゾンで売られている「モノ」について、そもそも、売り主が違う、ということすらもわからない人も多いかもしれません。
仮に、売り主が違う、ということが仮にわかったとしても、トラブルが発生した際のアマゾンの立ち位置について、天と地ほどまったく違う、ということが、果たしてわかりやすくなっている、といえるでしょうか。
そんなの、ぜんぜん、わかんないよー。
買う方からしてみたら、アマゾンがいうとおり、アマゾンが取り扱う「同タイトルの商品と並べて」陳列されていて、そこに並んでる商品をたまたま選んだだけなわけでしょ。
その状況を利用して出品者に商売をさせているわけだから、アマゾンがなんとかしてくれるでしょ、って思うよね。普通。
というわけで、アマゾンは、もはや「場の提供者」を超えた役割を果たしている、といえるとおもいます。
これによって、アマゾンと出品者との間に、「規範的指揮監督関係」を認め、使用者責任が成立する余地があると考えられないでしょうか。
むすびに
というわけで、さいごのほうは少しむずかしくなりましたが、ともかく、この裁判は、理論的にも興味深いだけでなく、いわゆる政策形成的な訴訟という側面もあります。
新しくできる法律ではプラットフォームの民事責任については明文化されないような情勢ですが、比較法的には、プラットフォームの責任が明記された法律は、少なくありません。
プラットフォームのことは、毎日、しらずしらずのうちに使っているからね。他人事ではないよ。
裁判がどうなるか、今後、注目だね。